「『治ってから出社してくれ』と無茶を言われた人も」大人の発達障害、当事者が直面する就労の困難 #今つらいあなたへ
そもそも発達障害とはなにか。発達障害者支援法によると、 《自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの》 と定義されている。発達障害の種類は主に3つあり、「自閉スペクトラム症(ASD)」「注意欠如・多動症(ADHD)」「限局性学習症(SLD)」に分類される。支援法にある「自閉症、アスペルガー症候群」は現在、ASDの中に含まれる。また発達障害の原因は脳の器質からくるものとされており、精神の病ではない。
うつで休職「発達障害とは気づかなかった」
伊藤弁護士が「広汎性発達障害(現在のASD)」と診断されたのは、39歳のとき。 ストレートで東京大学文科Ⅰ類に入学、社会問題を扱うゼミに所属し、司法試験も現役で合格。弱者の立場に立つ社会貢献をしたいと意気込んで弁護士となった。 しかし仕事につまずき始める。 「クライアントさんがどのようなところに困っているのか聞き出せずに、(相手方に)過大な要求をしているのではないかと思って、トラブルになってしまったこともあります。また仕事も悩みもひとりで抱え込んでしまいました」 次第にトラブルとプレッシャーに押しつぶされるようになり、5年目28歳のときに、うつで休職することになった。実はうつは発達障害の人が陥りやすい「二次障害」といわれる。 「そのときは自分が発達障害とは気づかず、働き過ぎとかストレスのせいにしていました」 1カ月ほど休職したのちに復職する。しかしまた35歳のときにメンタルに変調がきた。ここで初めて自分のことを「発達障害では?」と疑った。かかりつけの医師に相談し、専門医の診断を受けたところ、ASDと診断された。 「やっぱりそうだったか、という気持ちですね。診断名がついて、逆に楽になりました」
ASDと診断されたということは、自分の特性を知ることでもある。伊藤さんは「自分の取扱説明書」を作った。クライアントとの打ち合わせではしゃべりすぎず、傾聴を心がける。宴会の席が苦手なのでできるだけ避ける……。 「しかし弁護士は高度なコミュニケーション能力が要求されます。依頼者や相手方が本音でどういうことを考えているのかとか、和解の程度がどのぐらいであれば納得するのか。相手の考えを読み過ぎて疲れることもありました」 ASDの特性のひとつに「相手の言うことをそのまま受け取る」というのがある。交渉の際に有利にするためあえて強く出ているのか、それともそれが真意なのか、伊藤さんは言葉の中から読み取れなかった。 翌年2回目のうつを発症し、今度は8カ月の休職を余儀なくされた。事務所のメンバーは理解を示してくれたが、長く休んでいるのも心苦しい。そこで今度は復職ではなくて独立することにした。全国的にも珍しい、弁護士が発達障害の当事者として、そうした人たちの相談を受ける法律事務所の誕生である。 「先輩弁護士にも『君ならそういう立場の人の気持ちがわかるのではないか』と背中を押され、私も自分の特性が生かせると考えました」