世界中の両生類を襲う「カエルツボカビ菌」 起源は日本? 朝鮮半島?
2006年末に日本にカエルツボカビ上陸騒動があったことをご記憶の方は、いまはもう多くはないかもしれません。カエルツボカビとは、両生類の皮膚に特異的に寄生する病原菌で、世界的な両生類の減少をもたらしている要因の一つとして重要視されていることは、このシリーズコラムでも一度紹介させて頂きました。 カエル、イモリなどの減少の原因 両生類界の新興感染症の脅威 本菌は2006年12月に日本国内において飼育されていたベルツノガエルという南米原産のカエルからアジアで初めて感染が確認されたことで、日本の両生類にも絶滅の危機が訪れたとしてマスコミによって大々的に報道されました。 その後の我々研究チームによる調査で、実は本菌は日本を含む東アジアを起源とし、日本に侵入してきたのではなく、日本からばらまかれていた可能性が高いことが判明。このため日本の両生類は本菌に対しては抵抗性を有しており、絶滅する恐れは低いと考えられたことから、マスコミ報道の熱も急速に冷えて、国民の記憶からも次第にカエルツボカビの存在は薄くなっていってしまいました。 そんな騒動から10年以上の月日が過ぎた今年2018年春、「カエルツボカビの起源は朝鮮半島であることが判明」という調査報告が「Nature(ネイチャー)」という一流科学雑誌に掲載されたというニュースが流れ、久々にカエルツボカビというキーワードが日本のメディア界でも急浮上しました(が、すぐにまた沈みました…)。 この報道を受けて、「カエルツボカビが日本発であったとするこれまでの国内の成果が覆った」というように受け止める人が、一般の方のみならず専門家の間でも少なからず出たようでした。一方、我々日本の研究チームとしては調査を継続しており、まだ日本が起源地(のひとつ)であると考えています。 ここで、もう一度、カエルツボカビ発祥の謎について、これまでの研究経緯を振り返ってみたいと思います。
日本におけるカエルツボカビ騒動
カエルツボカビ菌が発見されたのは1998年のことでした。オーストラリアの研究者グループによって中米のカエルから本菌の寄生が確認され、それまでに中南米やオーストラリアで報告されてきた野生両生類の大量死が本菌によって引き起こされたものと結論付けられました。 本菌が病原体と特定されたことで、世界各地で両生類の野生個体・飼育個体の検査が進められ、中南米や北米、オセアニア、ヨーロッパ、アフリカなどで、本菌の感染が確認され、また大量死などの被害も相次いで報告されました。 一方、日本を含むアジアでは、世界中が本菌による脅威と被害を訴える中、そのような病気が両生類から発生したという報告は皆無で、調査事例もほとんどありませんでした。当然、日本の研究者や自然保護団体もこの菌がいつか日本に侵入してくるのではないか、と警戒していました。 そして、2006年12月にペットとして飼育されていた海外産のカエルが謎の病気を発症し、獣医に持ち込まれて検査を受けた結果、カエルツボカビ菌に感染していることが明らかとなり、日本中にニュースが流れました。 両生類研究者はもとより自然保護団体、愛好家、販売業者たちもこのニュースに衝撃を受けて、両生類保護の運動、活動が日本各地で起こりました。環境省も有識者を集めて緊急の対策会議を開き、政界においては「カエルツボカビ対策法」の立案まで一部で囁かれたほど、日本中で騒がれました。 そして、学会でも次々と、カエルツボカビ菌による飼育両生類の死亡例が報告され、緊迫度は増していきました。しかし、それらの報告の中には明らかに飼育実験上の操作ミスと思われるものも含まれていて、むしろカエルツボカビ菌が日本のカエルに「有害である」という先入観ありきの実験も少なくありませんでした。 しかし、筆者らは、この騒動の中で、もし、カエルツボカビ菌が海外から侵入してくるとすれば、これだけ海外産両生類がペットとしてもてはやされている、両生類輸入大国である日本は、むしろもっと早い段階で感染や発症が見つかって然るべきだったであろう、と考え、もっと冷静に、かつ多面的な分析が必要と判断したのです。 そして、この事態を受けて、国立環境研究所では、麻布大学獣医学部と共同で緊急の検査体制をつくり、環境省および自治体、獣医師、動物園、水族館など関係機関のネットワークを通じて、北海道から南西諸島に至る全国1000地点における野生両生類のスワブ・サンプルを採集しました。スワブ・サンプルとは、捕獲した両生類の皮膚表面を綿棒で拭い、その綿棒を冷凍保管したもののことです。このスワブ・サンプルからDNAを抽出して、そのDNA溶液の中にカエルツボカビ菌のDNAが含まれていないかをPCRという技術を使って、カエルツボカビに特異的なDNAを増幅することで調査しました。