世界中の両生類を襲う「カエルツボカビ菌」 起源は日本? 朝鮮半島?
カエルツボカビ・アジア起源説の検証 日本の両生類には耐性備わる
その後も、我々はカエルツボカビのリスク研究を継続しました。沖縄のシリケンイモリの感染率の動態を、年間を通してモニタリングして、感染は普遍的であることが判明する一方、他の南西諸島に生息する両生類の感染率が非常に低いことも明らかとなり、沖縄のシリケンイモリがカエルツボカビの起源を探る上でのキーとなる種であることが示唆されました。 またシリケンイモリと南米産のベルツノガエルを同じ水槽で飼育して、シリケンイモリのカエルツボカビ菌が水平感染するか実験したところ、簡単に感染が起こり、発症することも確認され、シリケンイモリが保有するカエルツボカビ菌には明らかに病原性があることが判明しました。一方、同じ実験を日本のカエルで行うと、微量の感染は生じるものの、発症は認められず、日本のカエルにはカエルツボカビ菌に対する耐性が備わっていることが改めて確認されました。 これらの結果からも、カエルツボカビは、もともと日本を含むアジア地域で進化してきた真菌で、日本の両生類は、本菌との間で共進化してきた歴史があり、したがって本菌の感染により致死的影響を受けることがない、というシナリオが支持されました。 また韓国、中国など日本以外のアジアの国々でも、カエルツボカビの調査が進められましたが全体に感染率は数%と低く、大量死等の被害も生じていないことが報告されたのです。
カエルツボカビの起源は朝鮮半島?
欧米でもカエルツボカビ菌の起源を探る研究はさらに高度化して、世界各地から本菌の培養株を収集し、全ゲノム解析まで行われました。その結果、カエルツボカビには世界的に分布を拡大しているGPL(Global Pandemic Lineage)系統とラテンアメリカを中心に分布するブラジル系統やヨーロッパに分布するスイス系統、アフリカに分布するケープ系統など様々な系統が存在し、それぞれの系統内にも遺伝的に分化した細かい系統が存在することが示されました。 これら欧米の遺伝解析においても、アジアにはGPL以外にも様々な系統が分散しており、特に日本には多様な系統が集中して生息していることが示されたのですが、それらの結果に対する欧米の研究者たちの結論は、「日本には多様な系統が世界中から『侵入』していて大変だ」というものでした。 我々の研究チームでは遺伝子の多様性に加えて、在来両生類に備わっている抵抗性などの要因からアジア起源説を提唱したのですが、不思議なことに欧米の研究者たちはこの病原菌のルーツがアジアにあることをむしろ否定したがっているようにも見えました。 そして、今年2018年にアメリカのFisher博士率いる研究チームがこれまでに蓄積した培養株から得られた遺伝情報をもとに解析を進めた結果、韓国産の両生類から採集されたカエルツボカビ菌がもっとも祖先的であったとする論文をNatureに発表しました。これをうけて、海外メディアが「カエルツボカビは朝鮮半島が起源」とする報道を流しました。 日本国内でもこの報道をみて、「カエルツボカビの起源は日本ではなかった」と受け止めたメディアや自然保護関係者も多かったようです。しかし、この報道は、Fisherチームが発表した論文の内容を正確に伝えたものではなく、海外記者がかなり端折って書いてしまったものだったのです。 Fisher博士らが行った全ゲノム解析には、カエルツボカビ菌の培養株が必要とされ、彼らの論文の中では、アジア産の培養株は韓国産のものしかなく、日本の系統は含まれていなかったのです。実は日本国内で発見された多様なカエルツボカビ菌の培養は、まだ成功していません。 我々、国内研究チームも培養にトライしてきたのですが、外来種のウシガエルから採集されたGPL系統のうちの2系統のみしか培養株が樹立できず、オオサンショウウオをはじめ、在来両生類に寄生するカエルツボカビ菌を単離することができていません。培養が困難な理由は不明ですが、日本のカエルツボカビ菌が人工環境(培地)においては適応度が低く、極めて育ちにくいためと推定されます。 そのため、日本の系統については現時点では遺伝子の一部の情報しか手に入っておらず、その断片情報をもとに海外の系統との遺伝子の多様度との比較や系統関係の解析が行われてきたのです。 Fisher博士チームの論文でも、著者たち自身が「現在手持ちの菌株」の中では韓国産の菌が最も祖先的であり、このことは「東アジアに本菌の起源が存在する」ことを強く示唆するものである、と記述しています。そして、今後は東アジアの様々な地域の系統を精査する必要があることも指摘しています。 つまりFisher博士たちの論文は、決して我々のアジア起源説を否定するものではなく、むしろ支持するものでもあったわけです。そしてその中心が日本である可能性もまだ十分に高いと考えられるのです。 今後、日本のカエルツボカビ菌の培養株も確立できればさらに日本国内のカエルツボカビ菌系統の多様性や進化時間の長さなど詳細な情報が得られ、本菌の起源の解明にもつながるものと期待されます。我々は現在、Fisher博士の研究チームからのオファーを受けて、共同研究の準備を進めているところです。