「アジアン・アート・ビエンナーレ 2024」(国立台湾美術館)レポート。不確かな未来に対処するための、深い潜水の実践
自然や人間でないもの、想像の領域に誘う
ギャラリーストリートの奥に並ぶ展示室では、自然や人間の本質を探究するような作品群も並ぶ。 キリル・サブチェンコフは、制御不能な自律的なAIシステムによって紛争がコントロールされる未来を、3つのスピーカーから流れる声の対話によって表現する。地主麻衣子の映像作品《Brain Symphony》は、自身の祖母の認知症や、ハードドライブの故障といった個人的な経験、社会の手段的な記憶喪失といったテーマからインスピレーションを受けた作品で、アクセスすることのできない記憶を持った脳が、無機質な石と重ねられて描き出される。 映画監督としても知られるタイのアピチャッポン・ウィーラセタクンの《A Conversation with the Sun》では、作家が日常生活で記録した映像の断片を通して、個人的な記憶を持たない存在の可能性が追求される。日本で今年VR作品として発表された本作は、ここでは映像インスタレーションとして公開されている。 本展の最後のセクションである2階の展示室へ向かう。音と光、鏡を組み合わせたインスターレション《Under the Cold Sun》は、2022年の「ヴェネチア・ビエンナーレ」アルメニア代表のアンドリウス・アルチュニアンによる作品。真っ暗な展示室のなかではパイプオルガンが奏でる4つのコードがループで鳴り響いており、鑑賞者が鏡の前に立つと、スポットライトの効果で鏡の中に自分のシルエットだけが浮かび上がる。これまでも「時間」を重要な要素のひとつとして扱ってきた作家は、本作でアルメニアに伝わる神話に登場する2人の悪魔を4つのコードによって現代に呼び出し、それらが西洋音楽の伝統を象徴するオルガンを乗っ取ることをイメージしているのだという。 パリを拠点に活動するウズベキスタンのアーティスト、サオダット・イズマイロボもまた土着的な文化や神話、民話などに関心を持つ。未完の映像作品《Arslanbob》では、幻覚を引き起こすガスを放出することで知られるキルギスタンのクルミの森を舞台に、人間や人間でない存在、そして想像の世界へと観客を誘う。人間が意識外にアクセスする方法としてガスを吸い込む「呼吸」を扱うこの作品により、本展は世界の別の見方を獲得するための「息を止める」実践というテーマに立ち帰り、展覧会は締めくくられる。 本展のキュレーターのひとり、アン・ダヴィディアンは、この展覧会が「集団的な息詰まりの感覚から生まれた」と述べる。戦争や紛争、民族浄化、ジェノサイドといった現在も世界中で起こる様々な暴力と抑圧に対し、「アーティストたちとともに、無力感に対処する方法が必要だった」という。そこでたどり着いたのが「息を止める」という実践だった。20を超える地域からアーティストが集まった本展では、世界の複雑さを表すかのように、多様な視点や歴史、文脈が交錯する。長尺の映像作品も多く、とても1日では十分に見切れないボリュームだが、一つひとつの作品とじっくりと向き合うことで、不確かな未来と向き合うための可能性の断片を見出すことができるかもしれない。
Minami Goto