朝鮮人労働者の追悼碑、県が撤去した根拠は「後出し」だった? 議会も「全会一致」で採択したはずが…13年後に態度が一変
▽撤去は「結果的には事実の否定に」 判決確定後の群馬県の対応について、群馬大の藤井正希准教授(憲法学)はこう語る。「県は最高裁判所の決定で結論が出ているとして撤去したが、判決は設置不許可処分を適法としただけで、撤去まで求めたわけではない」 2013年以降、碑の前で追悼式が開かれておらず、その間は具体的な公共の不利益はなかったと藤井准教授は指摘。「県は判決を踏まえ、現在の群馬県民の意思を再度問いかけるべきだった」と訴える。 同志社大の太田修教授(朝鮮近現代史)は、史実の観点から碑の正当性を説明する。「証言や研究から強制連行があったことは認められ、政治的中立を逸脱する言葉ではない」 すでに示したように、自らの意思で移動した朝鮮人もいた一方、強制的に動員され、深刻な人権侵害を受けた労働者の証言や資料が確認されている。 太田教授は、追悼碑や説明板は戦争の記憶を継承し反省する重要な存在だと強調し、こう警鐘を鳴らす。「安易に撤去や修正すれば、結果的には事実を否定し、歴史修正主義に手を貸すことにもつながる」 【取材後記】
追悼碑撤去が報道されると、インターネット上では「歴史認識ではなく、ルール違反したことが問題」などの意見が散見された。撤去を巡っては司法でも判断が出ており、確かに県の代執行にもある程度の正当性があるように思える。 しかし、見てきたように群馬県が「ルール違反」を持ち出したのは抗議を受けた後だし、そもそも何が政治的行事かの取り決めもなかった。 一方で、山本一太知事が言うように、碑が国の友好に資するのではあれば、県にとっても碑の存在は有益だったはずだ。ルール違反として撤去に踏み切れるだけの理由があったのか。疑問が残る。加害行為を反省する機会をみすみす手放しているように感じるからだ。山本知事は歴史認識の問題ではないと否定する。しかし、結果的に、強制連行を「うそ」と主張する保守系団体や杉田水脈氏の強弁を追認してしまっているのではないか。 ただ、報道機関がこれまで追悼碑の問題を大きく取り上げてこなかったことも事実だ。歴史認識を巡る重要なテーマにもかかわらず、伝える努力が足りなかったと気付かされた。その反省も胸に、今後も取材を続けたい。