誰もが安心できる学校に 「インクルーシブ教育」と「国立市教委の取り組み」を東大・小国教授に聞く
東京都の国立市教育委員会と東京大学大学院教育学研究科が5月29日、「フルインクルーシブ教育」の実現を目指し、協定を締結した。日本では、障害のある子どもなど特別な支援を必要とする子どもたちを分離した形で教育を行うことがまだまだ一般的。そんな中でスタートするこの新しい取り組みについて、スーパーバイザーを務める東京大学バリアフリー教育開発研究センター長の小国喜弘教授(教育史・教育学)は「戦後日本の学校教育の歴史の中でも重要な意義を持つものとなりうる」と話す。(聞き手/撮影:飯田和樹)
『みんなの学校』に張り巡らされている配慮とは?
2022年8月、国連・障害者権利委員会による日本の障害者政策の審査がスイス・ジュネーブであり、翌9月には権利委員会から日本政府に総括所見(勧告)が提出された。この勧告の中で、脱施設化と共に大きなテーマとなったのがインクルーシブ教育だ。 インクルーシブ教育とは、障害の有無や国籍、人種などにかかわらず、同じ場所でともに学ぶ教育のこと。ただよく誤解されがちだが、単に同じ場所にいることをインクルーシブ教育というのではない。障害のあるともに学ぶために必要な環境の整備や、子どもたち一人ひとりに必要な合理的配慮が行われることが大前提となる。 ――インクルーシブ教育で大切なことは何でしょうか。 「インクルーシブな学校というと、映画『みんなの学校』で知られる大阪市立大空小学校や先日もNHKの番組で取り上げられた豊中市立南桜塚小学校などが知られていますが、どちらも教科書を使わないわけでもなく、一斉授業をやらなくなったわけでもありません。むしろ、授業風景だけ見れば、ごくごく普通の学校です。ただ、どちらの学校にも共通しているのは、子どもたちみんなが安心して学校に来ることができるという配慮が、細やかに張り巡らされていることです」 「今の学校は、授業を集中してきちんと受けるための環境づくりが最優先で、そのために色々なルールを作って子どもたちを管理しようとします。しかし、大空小や南桜塚小など、うまくいっている学校は、『みんなが安心できる、友達同士がつながることができる学校生活をどうやって実現しようか』ということを大きな課題に位置づけています。優先順位が違うのです。これが一番大切なことだと思います」 ――授業よりもまずは誰もが安心できる学校にしていくことが大切である、と。 「その通りなのですが、誰もが安心できる学校は、おそらく学力にも影響すると考えられます。アメリカでは、インクルーシブなクラスとセパレートなクラスでどちらが成績が良いのか、より良いパフォーマンスが出せるのか、といった大規模な調査が1990年代から実施されていて、インクルーシブなクラスの方が成績が良かったという調査結果もたくさん出ています。日本でも、重度の知的障害のある子どもと一緒に学んでいるクラスの成績が上がったという事例を聞いています。日本は頑なに分離教育、隔離教育を進めようとしていますが、学ぶ場を分けた方が教育の効果が高いというのは一種の思い込みではないでしょうか。安心して学ぶことができる環境のほうが、子どもたちも存分に学べるのかもしれません」 ――そう考えると、インクルーシブ教育というのは、マイノリティの子供達だけでなく、いろいろな意味で生きづらさを感じている子どもたちを救うかもしれない。 「インクルーシブ教育というのは、教育の話であると同時に、子どもの権利の話でもあります。子どもたちの意見をどのように聞き取るのか、といった観点が不可欠です。日本は、そうした視点が欠けていると思います。学校教育の現場に、今なお、パターナリズムの考え方が強固に浸透している。そう感じます」