27年前に書かれた2075年の近未来日本と現代日本との酷似に屈服せずにいられない。ブレイディみかこが2024年の今こそ読むべきと断言する理由
「国家主義カースト制」によって超管理社会となった2075年の近未来日本。政府から立ち退きを強制された超エリート「特A級市民」斎藤総一郎の一家は、理不尽な転居命令に抵抗して日本国政府に宣戦布告する……。 まるで現代の日本だけでなく世界を予言したかのような篠田節子さんによる小説『斎藤家の核弾頭』。27年前に書かれた本書の復刊を記念して、ブレイディみかこさんによる文庫解説を特別に掲載する。 * * * 過去のある時点から未来を想像して描いた小説を読んで、「マジすごいんですよ、この本に書かれた通りになっているから」みたいな感想を書くのはいかにもありがちで、芸がない。 だから、できればそのようなことは書きたくない。違う切り口を見つけなければと血眼になって本作を読んでいたが(考えてみれば、解説を書くとか、推薦文を書くとかいう目的があって小説を読むのは、なんともさもしい、侘しい行為である)、しかしもう、わたしは諦めるしかなかった。芸がどうとか言っていられないぐらい、本作に書かれたことが今(ところで、今は2024年の夏の終わりだ)ニュースやネットを騒がせていることに酷似していて、わたしはその事実に屈服せずにいられない。 この物語の主人公(たち)は、由緒ある家柄である斎藤家の人々だ。当主の総一郎は裁判官として日本のために働いてきたのだが、職をコンピュータに奪われたために引退させられ、国家から「役にたたない」人間の烙印を押されてしまう。本人がこれになかなか気づかないのがいかにもエリートらしいところだが、斎藤家の人々はいきなり先祖代々の土地を追われ、家族で人工島へ移転することを余儀なくされる。本作は、「家族」というミクロな単位の人々の日常を通して、その背後に浮かび上がる「国家」のマクロを描く。いたいけな少年の手記から始まりながら、「家族の物語」みたいな小さな話ではないのだ。 本作の中で描かれた日本は、平成23年に首都圏大地震が発生することになっており、政治も経済も混乱の頂点を迎える。おりしも、前世紀からの「悪平等主義」「猿に導かれた民主主義」のために家庭が崩壊し、小学生はランドセルに覚醒剤を入れて登校し、出産による女子の中学中退者が激増。青年層はセックスとドラッグと酒に耽るようになって出血性激症性感染症が大流行した。経済混乱による超円安が進み、モノ不足、食料不足など、日本は次々と深刻な問題に襲われたという。