27年前に書かれた2075年の近未来日本と現代日本との酷似に屈服せずにいられない。ブレイディみかこが2024年の今こそ読むべきと断言する理由
翻ってリアル日本を見渡せば、近年になって増えている「梅毒」や、ネットを賑わす「止まらない円安」、米不足、物価高など、本作を読んだ2024年の日本に暮らす人々には、えっと思う言葉が並んでいるはずだ。 本作中の日本では、このような未曽有の国家危機の中で、カオスと暴力が社会に蔓延したので、ウルトラ保守主義と呼んでもいい、倫理規範に基づく家族主義を単位とする国家主義が、一世紀を経て復活することになった。「故なき差別」は悪いが、「理由ある区別」は秩序ある幸福な国には必要とされ、国民能力別総分類制度、つまり「国家主義カースト制」が設けられる。特A級の男性は(何人の女性と)何人子どもを作ってもよいが、B級は4人まで、C級は3人、D級は2人に制限され、それ以下の階級(いわゆるアンダークラスだ)では一人子どもが生まれたら去勢される。他方、女性は特A級の男性と結婚してたくさん子どもを産むことが出世の道だ。自立して働く女性は下層の女と呼ばれ、結婚を拒んだり、子どもを産みたがらない女性は人格障害者扱いされる。 このA級、B級などの階級にしたって、近年ネットで使われている「上級国民」「二級国民」を髣髴とさせるし、「結婚と出産は『高所得層の特権』」という近年の若者たちの声を思い出す。国家がカースト制を敷いているわけではないが、すでに日本はそうなりつつある。 ほかにも、「事故遊休地」(過去の中途半端な科学技術によって使用不能になった地)の代表的なものとして「埋め立て失敗によってメタンガスが噴出する土地」があげられている箇所では、どうしたって大阪・関西万博用地、夢洲でのメタンガス発生を連想させられる(しかし、本書の中の日本では、こうした問題のある土地に送られるのは、国から用済みと見なされた人々だが、リアル日本は、世界中の人々を招いて万博をやろうというのだから、現実のほうがスラップスティックかもしれない)。 日本だけではない。本作のウルトラ保守主義を読んでいると、米国大統領選で話題になっている「プロジェクト2025」みたいだと思わずにはいられなかった。「プロジェクト2025」は、米国の保守系シンクタンク、ヘリテージ財団が主導するプロジェクトで、第二次トランプ政権が発足した場合、その運営資源になるとも言われる政策提言書だ。