老犬と暮らす(1)「掟を破ってでも」盲導犬と添い遂げたい/ユキ・27歳
2000年代のペットブームから10年余り。当時初めて犬を飼い始めた人たちの中には、今や老犬となったパートナーと暮らしていたり、既に別れを経験した人も多いと思う。僕もその両方を経験している1人だ。犬は人間よりも寿命が短いから、ほとんどの飼い主は別れを経験する。そして、飼い主と犬の数だけ、老犬との暮らしや別れのエピソードがある。ここでは、長年犬関係の取材を続けている僕の経験の中でも、「老犬」にまつわる特に印象的な3つのケースを紹介したい。(内村コースケ/フォトジャーナリスト)
盲導犬が寄せる「無償の愛」
ユキ(27)と盲導犬のラファエル(ラブラドール・レトリーバー、10歳オス)は、常に行動を共にしている。盲導犬はユーザーの目であり、対等なパートナーだと言われる。しかし、ユキにとって、ラファエルはそれ以上の存在だ。ユキが機嫌よく鼻歌を歌えばラファエルも微笑み、ユキが泣けばラファエルもがっくりとうなだれる。そして、ユキは今、原因不明の難病に苦しんでいる。夜な夜な強烈な吐き気や胸の痛みにさいなまれ、時には苦しさの余り失神しかけて病院に駆け込むこともある。そういう時も、ラファエルは一緒に吐き気に襲われ、苦しみを共有する。 ユキがラファエルと出会ったのは20歳の時だ。盲導犬の訓練所で引き渡された際、全盲のユキにも、ラファエルがまっすぐな目で自分を見つめているのが、ひしひしと伝わった。その視線に、生まれて初めて無償の愛を感じた。ラブラドール・レトリーバーは、1人の「主人」にだけ忠誠を尽くす傾向がある柴犬やジャーマン・シェパードと違い、柔軟にその時々の主人は誰かということを見分け、愛情を寄せる傾向が強いと言われる。ラファエルもまた、ユキと出会った瞬間に、自分の主人が訓練士から彼女に移ったことを察し、全身全霊で愛情を示したに違いない。その後、ユキは訓練所に泊まりこんでラファエルと歩行訓練を重ね、「卒業」のその日にはもう、電車で2人だけで帰宅した。自由に歩けるのが嬉しくて、途中でショッピングまでした。 ユキには、もともと視野が狭いという視覚障害があった。そして、高校に進んで間もなく視力の全てを失った。一方で、幼い頃からバレエやピアノをやっていて、人一倍運動神経と音感が鋭い。だから、盲導犬を持つ前に白杖で歩いていた頃から、外で見知らぬおじさんに「本当は見えているんだろう!」と怒鳴られることもあるほどだった。最近まで、ユキが「見えない」ことに気付かなかった幼なじみもいるという。そんなユキですら、ラファエルとの歩行は、それまでとは比較にならないほど安心・安全・自由だと実感させられた。