老犬と暮らす(1)「掟を破ってでも」盲導犬と添い遂げたい/ユキ・27歳
10代で「生ける屍」に
ユキは幼い頃から20歳過ぎまで、習い事やスポーツを通じて常にスポットライトが当たる道を歩んできた。しかし、大人になってから分かった。自分の意志ではなく、「親のためにやっている」のだと。世間体を満たすための道具として扱われてきた。それだけなら、「世間ではよくあること」かも知れない。だが、彼女が視力を失うことがはっきりすると、父親の本性が明らかになった。親族と結託して、ユキ本人が手にするはずだった高額の保険金を奪い取った。それを「女」にも使った。心を病んだ母親は、娘を守る力を失った。家庭は崩壊した。 高校に入って間もなく全盲になり、全寮制の盲学校に移った。そこである事件の被害者になった。声や臭いで犯人は明々白々だったにも関わらず、警察は「見えない(=目撃証言がない)のだから、無理だ」と最初から捜査を放棄した。一命はとりとめたが、大きな傷を負った。親類はそれを癒やしてくれるどころか、「(事件の時に)死んでしまえばよかったのに」とますますユキに辛く当たるようになった。どこからも救いの手が差し伸べられず、ユキは外界を遮断するほかなかった。何も手につかず、寝たきりになり、言葉を失った。しばらくして、父親のもとから逃げた。 それでも、父親はコンタクトを取りつづけた。まだ生ける屍だったユキを叩き起こしては猛特訓を課し、障害者スポーツの強化選手に仕立てあげた。端から見れば、障害を持つ娘を事件のショックから救い出す「愛のムチ」に見えたかも知れない。父親もそうだと言うだろう。僕も最近まではそう思っていた。だが、ユキが心の奥底から振り絞って僕に話してくれた「真実」は、正反対だった。双方のプライバシーに配慮して具体的なことが書けないのがもどかしいが、全ては障害者スポーツの利権を関係先に呼びこむための入念な計画の一部だったというのが、ユキの受け止め方だ。父親にとっては、自分が「有力選手の父」になることが全てだった。それを裏付ける専門家や関係者の証言も少なくないが、仮に全てが彼女の思い過ごしだとしても、彼女が父親から肉親としてのまっとうな愛情を全く感じていないのは、紛れもない事実だ。 ともあれ、障害者スポーツはラファエルが来てからもしばらく続けていた。しかし、協力者の裏切りや、チーム内の軽いいじめがラファエルに向けた傷害ざたに発展するなど、競技環境を何度か変えても結末はいつも殺伐としたものだった。そして、心身とも限界に達した。どうにか競技から引退することはできたが、おそらくは精神的がボロボロになるにつれ体調が悪化し、ついには「覚悟しなさい」という医師の「宣告」があった。