老犬と暮らす(1)「掟を破ってでも」盲導犬と添い遂げたい/ユキ・27歳
「天使」が私を迎えに来た
ラファエルがいる人生が当たり前になってから7年余り。最愛の存在は10歳になった。一般的には大型犬の10歳は人間の75歳に相当すると言われる。ラファエルを育成した団体では、盲導犬の引退時期はそれぞれのユーザーの判断に委ねられ、引退後はボランティアの一般家庭が引き取ることになっている。ユーザーの個別の事情や考え方、犬の健康状態によりさまざまだが、7~10歳で引退させるケースが多いようだ。 ラファエルはまだ元気だ。だが、ユキは密かに決めている。「いつかは引退させる。でも、最後まで自分で面倒をみる」。つまり、盲導犬として働けなくなっても、ボランティアには引き渡さずに手元に残すということだ。育成団体は、新たなパートナーとの信頼関係醸成の妨げになりかねないため、「前の犬」を手元に置いたまま、次の盲導犬を引き渡すことはしない。つまり、ユキの決心は、ラファエルの引退後は盲導犬を持たないということを意味する。 同時に、ラファエルの育成団体では、少なくとも表向きはユーザー自身が引退犬を引き取ることはできない。視覚障害者の自立支援という盲導犬育成事業の本来の目的から、ユーザーに次の犬と続けて盲導犬歩行をしてほしいという願いが一つ。そして、視覚障害者が老犬の世話をする難しさも考慮し、犬のためにも新たな環境で余生をのんびり過ごさせたいという考えもある。環境の変化に対し順応性の高いラブラドール・レトリーバーが盲導犬に選ばれている理由の一つも、そこにある。 ユキも当然、その原則は承知している。自分がしようとしていることが「掟破り」だということも。僕は、彼女をラファエルと出会って間もない頃から知っているが、その当時から何度か「掟破り」を示唆していた。僕はそのたびに「最終的に決めるのは自分自身だし、育成団体も無理やり2人を引き離すようなことはしないと思う。でも、ユキには間を空けずに次の盲導犬と歩き続けて欲しいし、ラファエルにとってもボランティア家庭で過ごすのがむしろ幸せかもしれない」と、反対してきた。それに、長年盲導犬のことを取材してきて、盲導犬を引退させる際のユーザーの皆さんの断腸の思いも知っている。誰かが「掟破り」をすると、堰を切ったように「私も最後までパートナーを看取りたい」という声が挙がることは、十分に予想できる。 今は、しかし、僕はその「反対」の意志を、本人に対しては引っ込めている。最近になって、ラファエルに出会うまでの彼女の苛酷な生い立ちと、今も続くどうしようもない孤独感を知った。「ラファエル」の名は育成団体がつけたものだが、由来はキリスト教の「大天使ラファエル」だ。ユキは言う。「最初に出会った瞬間から、天使が私を迎えにきたのだと思っていた。だから、もともと盲導犬はラファエルが最初で最後だと決めていたんです」。彼女の病気に今のところ改善の兆しはない。4年前に「そろそろ覚悟しておきなさい」と医師に宣告されたとも聞いている。 ユキはラファエルが逝ったら、一緒に天国へ行くつもりなのだ。