老犬と暮らす(1)「掟を破ってでも」盲導犬と添い遂げたい/ユキ・27歳
それでも味方はいる
ユキは一見、とても明るく社交的な女性だ。これだけ苛酷な人生を歩んでいるにも関わらず、心の闇を表に出すことはほとんどない。見た目も普通の「かわいい女の子」で通ると思う。それだけに、彼女がある日明かした本心が忘れられない。「見えないということはものすごく孤独なんです。でも、ラファエルが横にいるだけで安心できる」。 「1000人の敵がいれば100人の味方がいる」。日本の盲導犬の歴史を切り開いた故・塩屋賢一氏の言葉だ。今まで誰もしなかった事、しかも「視覚障害」という差別と偏見が絡むことに挑戦し続けた塩屋賢一氏の、心からの叫びだと思う。新しい事、異質な事、そして障害者などの「異物」を排除する力の働きが「いじめ」であり、それがエスカレートして差別行為や犯罪に結びつく。ユキの人生を妨げた者たちの大半も、特別な「悪人」ではなく、オープン・マインドになりきれない多数派の「一般人」だったと僕は思っている。 ラファエルと共に「見えない人生」を切り開こうともがくユキも、世間一般から見れば異質な存在だ。だから、「1000人の敵」がいるのは残念ながら当然だ。しかし、「100人の味方」の急先鋒であるべき人たちが、「無償の愛」を与えるどころか、敵の側にいるということが、どれほど絶望的なことか。ユキにとっては、人生で初めて、そしてただ1人「無償の愛」を与えてくれたのが、ラファエルだったのだ。 だから、彼女のバックグラウンドを知れば知るほど、僕は「ラファエルと一緒に天国へ行く」という彼女を安易に引き止めることはできない。盲導犬の多くは、15歳、16歳で天寿をまっとうする。それまでに、どれだけ「1000人の敵」を遠ざけ、「100人の味方」を集めることができるか。ユキは最近、自分の意志でバンド活動や絵を描くことを始めた。ようやく、誰かに利用されることなく、自分の足で歩み始めたところだ。現実は厳しいが、自分の意志で歩む中で「この世も捨てたものじゃない」と思える日が来ると思う。その時に、「天国へはいつでも行ける。ラファエルもずっと待っていてくれるよ」と言えればいいと思っている。『フランダースの犬』の悲劇は、フィクションの中だけでたくさんだ。 (※プライバシー保護のため、一部事実関係や固有名詞を変えています)
《内村コースケ》 フォトジャーナリスト。新聞社を退職後、フリーになると同時にフレンチ・ブルドッグ『ゴースケ』(オス)を飼い始めたのをきっかけに、犬関連のフォトエッセイや取材・撮影が仕事の中心となる。ゴースケの1歳の誕生日に1歳年下の『マメ』(フレンチ・ブルドッグ/メス)を迎え、その後、マメについてきた迷い犬の老犬、『爺さん』を保護し、そのまま飼い続ける。爺さんは2010年1月に短い介護期間を経て老衰で死去、ゴースケは2014年10月に肺炎が悪化して11歳で急逝した。マメは2歳と7歳で2度大手術をしたが、11歳の今も元気。