日本人審判が確立した“独自色” 担当682試合…町田ロングスロー対応にも見えた信念【コラム】
西村主審がトップリーグのレフェリーを勇退
西村雄一主審がトップリーグのレフェリーを勇退した。12月19日に記者会見を開いて各方面への感謝の言葉とともに、これまでの豊富な経験についてさまざまな裏話や知見を述べ、今後の活動などについても説明を行った。 【動画】「ホント貴重」 選手たちと西村主審の筒抜け会話シーン レフェリーが第一線を退くとき、どんなレフェリングをしていたかについて語られることは少ない。あるとすれば担当した試合などの無機質なデータや、多くは物議を醸した判定が語られる。 だが、これまで何度か西村主審に取材を重ね、また担当した試合を見てきた者として、今回は西村主審がどんなレフェリーだったかについて書き残しておきたいと思う。なお、西村氏は来年から「審判マネジャー」に就任するものの、審判活動は続けるという。そのため本稿では西村主審と呼ばせていただく。 西村主審は会見の中で選手とのコミュニケーションで忘れられない言葉として、試合前に「この試合を担当してもらえたらいいと思っていました」と言われたことを挙げた。 確かに選手がそう言いたくなるのも分かるくらい、西村主審はレフェリーとして「独特」だった。 レフェリーが「独特」であることがいいのかという意見はあるだろう。選手が主役である以上、だれが主審を担当しても1つの事象に対して同じ判定がなされるべきだという考え方だ。 しかし、サッカーのルールは17条しかない。いろいろなことが事細かに規定されているわけではないため、主審が「どう見えたか」ということで判定することになる。そこに「見え方」というあいまいな要素が絡んでいる以上、主審の個人差が生じる。人による差が小さくなるように調整は行われているが、しかし個性が残る余地は多分にある。
西村主審の“個性”…町田のスローインに対応した場面も
西村主審はその個性がはっきりしていた。そのプレーが「素晴らしいサッカーを作っていくのか」どうかという判断基準を明確に持っていたのだ。ほかの主審なら判定を躊躇うような場面でも瞬時に是非を決めていく。そのため西村主審が担当する試合は、まるでピッチの上に「帳」が降りて結界が張られたかのような西村ワールドを作り上げていた。 例えば2023年7月12日の天皇杯3回戦、FC町田ゼルビアと横浜F・マリノスの試合がそうだった。この試合でも町田はロングスローを武器に横浜FMを苦しめた。ただ、スローインのたびに町田の選手がタオルでボールを拭くのを見ていた西村主審は、あるとき選手にもっと早く投げるように促した。ピッチの中と“スロワー”を確認し、ピッチの中がボールを受け入れられる状況なら早く投げるように、と言っているようだった。 町田は2023年J2リーグでそんな注意をされたことがなかった。スローインにどれくらいの時間をかけていいのかという基準はルールにないため、1回につき数秒のことは見逃されてきたのだろう。だが西村主審はその点について切り込んでいった。 選手は戸惑いながらもその後はできる限り素早くスローインをしたが、町田サイドにとってはなぜそんな指示をされたのか分からない場面だっただろう。しかし西村主審の中の「スローインにかける時間をどう考えるのか」という基準は明確だった。 それは西村主審が「サッカー観」を強烈に確立していたからに違いない。また、西村主審はその引き出しが多かった。何かあまりないプレーがあったとき、まるで事前に想定していたかのように素早く判定していた。そのため「基準」がさまざまなことに対して明確だった。すべての事象に対して「許容範囲」の中なのか外なのかが決められているように見えたのだ。