AIにロボットの身体を与え、生命科学研究のラボを自律化する基盤モデルを開発(高橋恒一氏/理化学研究所生命機能科学研究センターチームリーダー)
人の介在なく細胞培養を約10倍加速
応用として注力しているのが、細胞培養です。暗黙知を含めてロボットに実験操作を覚えさせた上で、顕微鏡画像を用いて細胞の形状を機械学習で認識させ、さらにモデルベースという手法で細胞の状態変化を予測させます。それをもとに、ルールベースという手法でロボットに次の操作を判断させるというクローズドループを構築します。
この技術によって、2019年末から2020年にかけての10日間、人の介在なしにロボットが細胞培養を行えたのです。2022年にはAIロボットが、iPS細胞を網膜色素上皮細胞に分化誘導する最適条件を自律的に発見することに成功しました。熟練した専門家でも5年ぐらいかかるといわれるところを半年間で実現させたため、約10倍の研究加速効果があったと考えています。
2023年には、ロボット用細胞培養加工施設(R-CPF)を病院に設置しました。基礎研究で開発したプロトコルや技術を臨床現場にそのまま移行できるようになり、基礎と応用の連携が大きく加速すると見込んでいます。
プラットフォームづくりに自己完結、記述、再現の3要件
では、本題の「ラボの自律化」とは何なのか。今までの「自動化」では、研究者が機器やモノの管理、AIロボットのプログラミングやメンテナンス、次世代ロボットの開発までをも担わなければならず、負荷がかかり過ぎていました。研究者が研究に集中するためには、研究者・運用者・開発者の分業が必要であり、それを可能にする技術が「自律化」なのです。
今の生命科学には「細胞システムの複雑性」「実験の再現性」「データの散逸」などの問題がありますが、LaaSによってこうした問題の解決に迫れるのではないかと考えています。つまり、世界中の実験データをクラウド上で参照可能になり、一つのデータベースに情報が蓄積されていくことによって、生命現象の全貌を明らかできる―生命科学研究は、そうした世界観に向かっていくべきなのではないかと思うのです。
そこで、LaaSの実現のために自律実験プラットフォームをつくろうというわけですが、技術的な要件が3つあると考えています。1つ目が「自己完結性」。これはロボットの実験操作の詳細を、人間が把握しなくて良いということです。2つ目は「記述性」。実験プロトコルや細胞などの試料の情報を、研究者がデジタル上で自由かつ数値的に指定できることです。3つ目は「再現性」。同じ試料に対して同じプロトコルをオーダーすれば、同じ結果が期待されることです。