世界のデザイナー18名が考えた、“暮らしを楽しくする杖”とは? カゴ付きからカフェで置きやすいものまで斬新なアイデアが満載
日本には「転ばぬ先の杖」ということわざがある。日本人は、いつからか杖に弱った体を支えるだけでなく、先の事態に対する備えという意味合いを持たせてきたようだ。そんな杖にまつわる本が登場した。世界各地で活動する18人のプロダクトデザイナーが抱く杖のイメージと、それぞれがつくった杖を収めた本『Walking Sticks』(スイス ラース・ミュラー出版刊)だ。 【画像】カゴ付きで歩きながら草花をつんで入れられる杖、テーブルを挟める杖。など
ミラノで開催された杖の展示を一冊の本に
本は今年4月にミラノで展示された実際につくられた杖を記録したもの。きっかけは、ミラノ在住のプロダクトデザイナーの武内経至の気づきから始まった。2020年のパンデミックにともなう都市封鎖によって、人々が自宅からの外出を制限された時。武内が住むミラノでは外で歩く機会の減った高齢者の間で、足の筋力が落ちて歩行に支障が出るという声を多く聞いたという。 「杖を必要としている人が増える中で、既存の杖を見ると、医療器具として考えられているものの、デザインが通り一辺倒で、選択肢の少ないことに気づいたんです。でも、人それぞれ生活動態が異なるし、杖が必要な環境も異なると思うんです。そこでウォーキングスティックをデザインする意義を感じました。杖に単なる医療器具としての役割だけでなく、使う人が身体が弱っているというネガティブな意識を持つのではなく、気分のよくなるものをデザインしたいと思ったんです」 そこから武内は世界各地で活動する友人のプロダクトデザイナーたちに呼びかけ、それぞれが考える杖をデザインしてもらった。
テーブルを挟める杖、草花を入れられる籠付き杖
たとえば、イタリア人のマダレーナ・カサデイは普段から立ち寄るカフェでテーブルに座った時、杖の置き場に困るだろうと考える。テーブルクロスを固定するクリップからヒントを得て、ウッドステッキの持ち手部分をクリップのようなくの字型にし、テーブルの端を挟む杖をデザインした。
スイス人のミケル・シャーロットがデザインしたのは軽くて汚れも落としやすいカーボンファイバーのステッキ。普段の観察から、杖を落としてしまった時、足の不自由な人は杖を拾い上げるのにも往生するだろうと、杖の底部分を手から離れた際にも倒れにくいディスク型にし、倒れたとしても、底部分に足をひっかけて杖を立ち上がらせるようにした。 杖を持つ人が見せて歩きたくなるような杖をデザインしたのはポルトガル人のユーゴ・パソス。傘の手に握る部分の形をしたステッキの周りを、柳の小枝で編んだ籠で囲んだデザインは、手がふさがっていてバスケットを持つのが大変な人でも、散歩途中に草花を摘んで籠に入れたり、家庭菜園からハーブを摘んで入れることができる。 ヨーロッパでは古より杖は権力を表す道具としても重要だった。ヴェルサイユ宮殿には黄金の杖を持つ威厳あふれるルイ十四世の肖像画が残っているし、英国紳士が歩行に使っていないのにステッキを脇に抱える姿も思い浮かべるだろう。杖は持っていて自信がつくような存在でもあった。 2050年には日本の人口の約37.5%が65歳以上となるという。多くの人が杖を必要とする時代がやってくるかもしれない。趣味性を帯びた眼鏡があるように、デザイナーたちが考えた暮らしを楽しくしてくれる杖の数々を見ながら、実際に商品化されることを期待したい。
『Walking Sticks』
Keiji Takeuchi & Marco Sammicheli 著 Lars Müller Publishers
文:長谷川香苗