地域を再生するアーバンスイミング 世界での流行とニューヨークの最新事例を紹介
パリ・オリンピックでのセーヌ川の解禁に象徴されるように、世界各地で都市の水路を水泳に活用する動きが活発化している。ロンドンやニューヨークなどの大都市も、1世紀ぶりに都心の川を「公共の場」に復活させる計画を進めている。このような運動の背景や特徴を、ニューヨークの最新事例とともに見ていきたい。(ニューヨーク在住フリーライター/岡本圭)
アーバンスイミングとは? 世界各地での広がり
都市の川は汚くて泳げない、そういった既成事実にいち早く終止符を打ったのはスイスやデンマークだ。 特にスイスは100年に一度と言われる環境事故からの再生であった。1986年にバーゼル市で発生した倉庫火災では、約1250tの化学薬品が燃焼しライン川に流入する事態となった。周辺国の生態系にまで壊滅的な被害をもたらす大惨事となったが、その失敗を教訓に環境対策やライン川保護国際委員会(ICPR)などの取り組みが強化され、1997年には生態系の再生に成功した。 その後何十年もの間、バーゼルをはじめとするスイスの都市の住民はきれいな水の恩恵を受け、川泳ぎを楽しんでいる。ヴィッケルフィッシュと呼ばれる防水カバンで泳ぎながら通勤する人もいるほど、川は市民の生活に浸透している。 デンマークの首都コペンハーゲンの港も、1990年代半ばまでは工業廃水や下水によりひどく汚染されていた。しかし廃水ルートの変更や地下貯水池の建設などの大規模な改善に踏み切り、大きな変貌(へんぼう)を遂げた。 2002年には建築家のビャルケ・インゲルスが手がけた運河のプールHarbor Bath(ハーバー・バス)が大流行し、今では港に14の水泳スポットがあり冬にはサウナを楽しむこともできる。嵐が来れば汚水が川に混入する危険性はゼロではないが、濁水の発生地点を瞬時に予測できる警報システムを導入したことで、市民は安全に水泳を楽しめる環境にある。 2004年にはドイツのベルリンの中心部を流れるシュプレー川に艀(はしけ)を利用した浮かぶプールBadeschiff Berlin(バーデシフ・ベルリン)が登場し、現在は川そのものを巨大なプールにする取り組みも市民主導で進んでいる。 このような活動はアーバンスイミングなどと呼ばれ欧州で拡大していったが、気候変動によるヒートアイランドや熱波の増加に伴い、近年は国際的な取り組みへと発展している。災害レベルの暑さになる夏に備え、誰もが安全に、なおかつアクセスよく涼める「公共の場」の増設は急務であるからだ。 14億ユーロを投じた浄化政策により、いよいよ2025年には3つの水泳場のオープンとともにセーヌ川が一般解禁となる。2026年にはニューヨークのイースト川にも1世紀ぶりに浮遊プール+ POOL(プラス・プール)がよみがえる計画だ。ロンドンは2034年までにテムズ川など市内の水路で泳げるようにすることを目標に掲げ、サウナ、温水浴場、カフェなどを併設した川に浮遊するレクリエーション施設Thames Baths(テムズ・バス)の計画も進行中だ。 実は19世紀に川の浮遊プールは欧米で流行したが、都市の工業化や人口増加による水質悪化で衰退した歴史がある。現代のアーバンスイミングは、生態系の回復とともに、市民の手に自然の公共の場を取り戻す試みでもある。