地域を再生するアーバンスイミング 世界での流行とニューヨークの最新事例を紹介
公衆衛生と気候変動のための新しい水泳事業
こういった+ POOLの取り組みからも、アーバンスイミングは環境改善やレクリエーションの機会の提供だけでなく、地域にさまざまな社会的支援や発展をもたらすものであることがわかる。 ニューヨーク州のホークル知事は「水泳はレクリエーションだけでなく、公衆衛生と気候変動へのレジリエンスである」とし、NY SWIMSの水泳事業を通して、子供の溺死事故の防止、レクリエーションの機会格差の解消、また熱波を受ける地域への猛暑対策を進めるとしている。 自然水路を活用した水泳施設の建設の他に、自治体のプールを活用した無料の水泳教育の拡大、ニーズのある地域への公営プールの増設、熱波からの避難場所として移動式プールを都市の各地に派遣する対策などを挙げている。 また、ライフガード不足の解消には、賃金の大幅な引き上げやボーナスの支給に加え、州立大学に無料のライフガード認定コースを開設した。大学を地域のライフガード・コミュニティの中心とすることで、多くの認定者の育成を可能にしながら、より安全意識の高い地域社会を作る方針だ。
日本の都市にもアーバンスイミングを
近年は、日本の水泳教育も大きな転換期を迎えている。スポーツ庁の報告によると、施設の老朽化により学校のプールの閉鎖が相次いでいる。2021年10月時点の小・中学校のプールは2万2036カ所で、25年前から約6000カ所減少し、また公営プールも4割減という状況だ。 また、チャンス・フォー・チルドレンの調査によると、スポーツの中で親の年収による子供の体験格差が最も大きいのは「水泳」で、世帯年収300万円未満の家庭と年収600万円以上の家庭とでは2倍以上の開きがあるという。 時代をさかのぼれば、かつて東京の隅田川は市民の水泳の練習場であった。東京都公園協会の資料には、江戸時代には各藩の水練場が設けられており、明治維新後はそのまま市民の水泳場となり大いに賑わったとある。その後は、小学校から大学まで各学校の水泳の練習場として、隅田川は市民の生活に浸透していた。しかし水質悪化により、隅田川は1917年に遊泳禁止となる。 世界で広がるアーバンスイミングの運動は、環境汚染が加速したこの100年間の構造に終わりを告げようとする決意表明でもある。 隅田川の生態系が再び豊かになり、地域住民が川泳ぎを楽しむ日常は戻るのだろうか。例えば、+ POOLのような施設が東京にできたらどうだろうか。満員電車に揺られるかわりに、スイスのように隅田川を泳いで通勤したり、コペンハーゲンのように川のサウナで休息したりできる環境が地元にあれば日常も変わるだろう。アーバンスイミングは川の生態系だけでなく、都会の暮らしそのものを大きく変える可能性を秘めている。 (著者プロフィール) ◇岡本圭 ( おかもと ・けい ) ニューヨーク在住フリーライター。ニューヨークで修士課程を終了後、カルチャーやSDGs関連、NPO誌などで執筆を行う。文化を通じた社会課題や気候変動への取り組みを主なテーマに取材する。
朝日新聞社