日本トップハードラーが“産後2年”でラグビー選手に? 女子陸上・寺田明日香が振り返る「異例の転身」のウラ側…直面した「アスリートの保活問題」
結婚・出産を経て起きたスポーツへの「価値観の変化」
スポーツは、人生のすべてじゃなくて、人生を豊かにするための「ツール」だったんだ――そう価値観が変わった。 「もう一度誘われたとき、『オリンピックを目指そう』と言ってもらえる人が果たして何人いるのだろうと考えたんです。チャンスをもらえる人自体が限られていて、その誘いについていける人もそう多くはない。何度もチャンスがもらえるなら、やらなきゃ後悔するだろうなって」 決意してからは早かった。トレーナーのもとに週1、2回のペースで通い始め、基礎トレーニングを受けるように。食事を見直し、ラグビーに適した身体になるため増量した。 そして3カ月後、日本代表トライアウトに合格し、年明けから日本代表練習生としてチームに合流することになる。 「あんまりルールも分からないまま『行っておいで』とトライアウトに送り出されたと思ったら、いきなり合格をいただいて。その2週間後には、ブワーッと合宿の予定が詰まっていきました」 リオ五輪の正式種目追加を皮切りに、女子7人制ラグビーは怒涛の強化が行われていた。代表候補たちは協会などの支援を受け、年間250日以上を合宿や遠征に捧げる。
浮上した「アスリートの保活」問題
そこで浮上したのが、当時2歳の果緒ちゃんの預け先、いわゆる「保活」の問題だった。 「それまでは私も佐藤も会社員だったので、家で面倒を見られないときは義母に助けてもらっていたんです。でも、本格的にラグビーを始めるなら頼り切るわけにはいかないなと。慌てて保育園を探し始めたのですが、まったく見つからなくて」 プロアスリートは制度上、「個人事業主」に分類される。当時の寺田の活動形態ではフルタイムで働いているとは認められず、一般的な会社員に比べて認可保育園に預けるハードルが高くなってしまうのだ。認可外保育園も検討したものの、希望に見合う預け先が見つからず、平日の多くは佐藤さんの義母に預けることになった。 しかし、寺田が代表合宿に合流して半年が経った17年5月、試合中に相手選手と接触して右足腓骨を骨折。急遽病院に搬送され、手術を受け、数週間入院することになった。 「当時、僕は監査法人に勤めていたのですが、彼女の入院先、娘の世話、会社の3つをぐるぐる回る生活になりまして。ちょうど社内でも環境が変わった時期だったので、さすがに『これはまずいぞ』と考え始めたんですよね」(佐藤さん) 結局、寺田のスポンサー企業の社内保育園に預けられたものの、佐藤さんはこの一件を機に退職。スポーツマネジメント会社を設立し、それまでは仕事の傍らで行っていた寺田のマネジメント業務を、社業のひとつとして行うようになった。 「彼女は五輪を目指して本気でラグビーに取り組んでいたので、これは自分がサポートしなければいけないなと。僕自身、陸上時代のトラウマもあったのだと思います。彼女が仮に結果が伴わなかったとしても、世間に家庭のせいにされるのが悔しかったんです」 フレキシブルに働けるようになった佐藤さんは、果緒ちゃんの保育園や習い事の送迎をはじめ、寺田が遠征や合宿で家を空ける間は全面的に育児を担うようになった。 だが、世間からの風当たりが厳しい時期もあったという。一児の母である寺田の挑戦を応援する声の傍ら、「母親が家にいなくて子どもがかわいそう」との批判も寄せられた。 寺田は振り返る。 「幼い頃の娘は本当に手がかからなくて、駄々をこねることもほとんどなかったんです。むしろ、私のほうが置いていくのが心苦しかった。ある合宿に行く前の夜に、『ママ、全然家にいなくてごめんね』って泣いちゃったんですよね。そしたら娘が『カオの仕事は保育園、ママの仕事は練習。だから泣かないで』って言ったんです」 佐藤さんも「この話、なかなか信じてもらえないんですけれど」とこう続ける。 「娘が泣いている彼女の目を拭いて、ヨシヨシって頭を撫でたんですよ。すごく感動しましたし、この家族ならやっていけるなって思ったんです」 現在の夫婦の役割分担を聞くと、料理や掃除は寺田、それ以外の家事や習い事の送迎、中学受験の準備は佐藤さんが担っているという。 「僕が支えるのはあくまで彼女の競技であって、家のことは手伝うというより、一緒にやるのが当たり前だと思っています。どっちでもできることは僕がやるスタンスなのですが、彼女なりのこだわりもいっぱいあるので、少しずつその領域を広げているところです」(佐藤さん) 「彼は察するのが無理なタイプなんですよね。私にしかできないこともあるので『少しずつできるようになってほしいな~』という圧をかけています(笑)。でも、それぞれ得意なことを担いながら、バランスは取れていると思いますね」(寺田)
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