港区のイタ飯店で1万円札に火をつけて葉巻を吸う客…店内にいた画家が「貴様出てけ」の後に言った痛快な言葉
■「終活」ほどわがままなものはない 【野地】かつて作家の山口瞳さんは「最大のマナーは風邪を引かないこと」と書いていました。とくに今の時代、ゴホゴホと咳をしている人とは会いたくない。 【松浦】健康管理は社会生活を送るうえでの基本的な仕事でありマナーですよね。もちろん持病のある人はその人なりの健やかさでいい。本人の不摂生で体調を崩して仕事に穴を開けると、信用を失ってしまう。 【野地】我々の世代になると、そろそろ「終活」を始める人もいます。終活ブームの根底には、遺した家族に面倒をかけないことがマナーだという発想がありそうです。それについてはどう思われますか。 【松浦】家族に迷惑をかけるのは仕方がないのではないでしょうか。たしかに面倒なことはありますが、見送るのは順番でしょう。普通は自分も親が亡くなったときにいろいろやったわけだから、自分が亡くなったときには子に託してもいいのかなと。 そもそも終活には2つの意味で故人のわがままを感じます。まず、終活すると家族はやることがなくなって楽になる一方、寂しいですよね。たとえば家族は遺品を整理する中で親との思い出に思いを馳せたり、悲しみを受け入れたりします。 何でもきれいに整理してしまうと、故人を悼むプロセスがなくなってしまう。その機会を奪われるのは家族にとってつらいこと。「自分の死に関わらせたくなかったのかな」と拒絶感さえ感じるかもしれません。遺される家族のことを大切に思うなら、ある程度は面倒をかけたほうが愛情や感謝を示せると思います。 もう一つ気になるのは、死にまつわることを計画してコントロールしようとしていること。自然な成り行きに任せればいいのであって、計画して準備することではない気がします。その発想が行き着くところは尊厳死です。計画通りに尊厳死することがマナーだとなったら世も末です。 【野地】だいたい計画通りにいくわけがないんです。ある本の中で「人は計画を立て、神はそれを笑う」ということわざを読みました。なんでもコントロールできると考えるのは、傲慢なのでは……。 【松浦】人生で関わった人全員に「ありがとう」と別れの挨拶をしたいという人もいますが、そんなの叶わないですよね。 もちろん人に感謝の気持ちを持つことは素晴らしいことです。ただ、そう思うなら、なおさら一期一会の精神で普段から一人一人に敬意や感謝を示すべきです。そうした積み重ねが自分の生き方をつくって、生き方が伝わったときに結果として「あの人はマナーがいい」と評価につながっていきます。スマートに死んで人生の帳尻を合わせるのは無理。むしろ普段の生き方が問われているのです。 ※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年10月4日号)の一部を再編集したものです。 ---------- 野地 秩嘉(のじ・つねよし) ノンフィクション作家 1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。 ---------- ---------- 松浦 弥太郎(まつうら・やたろう) エッセイスト、クリエーティブディレクター 2002年セレクトブック書店の先駆けとなる「COWBOOKS」を中目黒にオープン。2006年から9年間『暮しの手帖』編集長を務め、その後、ウェブメディア「くらしのきほん」を立ち上げる。ユニクロの「LifeWear Story 100」責任編集。Dean & Delucaマガジン編集長。他、様々な企業のアドバイザーを務める。著書に『人生を豊かにしてくれる「お金」と「仕事」の育て方』『僕が考える投資について』(ともに祥伝社)、『伝わるちから』『いちからはじめる』(ともに小学館文庫)など多数。 ----------
ノンフィクション作家 野地 秩嘉、エッセイスト、クリエーティブディレクター 松浦 弥太郎 構成=村上 敬 撮影=市来朋久