港区のイタ飯店で1万円札に火をつけて葉巻を吸う客…店内にいた画家が「貴様出てけ」の後に言った痛快な言葉
■「弥太郎用箋」でお礼状を書く理由 【野地】マナーって、端的に言うと人の目を気にすることですよね。向田邦子さんの作品に、人目を気にせずに行動する人たちが登場するエッセイがあります。たとえば混雑している新幹線の自由席車両で、座っている人に「どこまで乗りますか」と聞いて空席待ちする男性とか、割り箸が折れて万年筆を箸代わりに使って食事をするおじさんを見て、「やってみたいけど私にはできない。自由になれない」という内容です。 やりたいことを自由にやれば楽ですが、恥をかく。一方、人の目を気にして見栄を張ればしんどい。これがマナーの難しいところです。 松浦さんは「ていねいな暮らし」を実践しています。ていねいに暮らすと所作も美しくなります。ただ一方で、ていねいは大変な印象もあります。松浦さんにとって、ていねいとはどういうことですか? 【松浦】ていねいな暮らしというと、作法とか形式にこだわったり、慇懃無礼なほどにものを大事に扱うイメージがあるかもしれません。でも、それは違います。私が考えるていねいは、感謝の表れです。人に感謝していれば自然に言葉遣いや態度が乱暴なものにならないし、ものに感謝していれば優しく扱います。たとえばペットボトルの水が飲めるってありがたいなと思ったら、絶対にそれを無駄にしたり、粗末に扱わないですよね。それだけのことです。 たまに「ていねいに暮らして面倒になりませんか」と言われますが、「こうあらねばならない」と考えてやっていることではないから、疲れることもないですよ。 【野地】松浦さんとお食事したときは、所作の一つ一つがていねいだと思いました。 【松浦】音を立てないことは意識しています。椅子を引いたり物を置くときに音を立てるのは行儀が悪いし、大声でお店の方を呼ぶのもよくない。本当はお蕎麦も静かに食べるべきです。音を立ててすすることが粋だという人が多いですが、それはどうでしょう。本来はお蕎麦をすするときに音が出るのは不可抗力だから許されるという話であって、勘違いしてわざとズルズル音を立てるのは恥ずかしい行為だと感じます。 【野地】あと、後日手書きのお礼状をいただいたのもスマートでした。お礼状を書くだけでもていねいだと思いましたが、使っていたのがご自身専用のオリジナル便箋で、素敵でした。 【松浦】感謝の気持ちは自分の精一杯を示したほうが伝わりやすいと思います。今ならお礼状はメールが普通かもしれませんが、それは自分の精一杯じゃない。僕が保守的なのでしょうね。同じ「ありがとうございます」でも、20~30分かけて直筆で手紙を書いたほうが気持ちを伝えられるような気がして。 【野地】あのオリジナル便箋はどうしたのですか。 【松浦】浅草にある原稿用紙の満寿屋さんにつくってもらいました。実はもともと小山薫堂さんがご自分で原稿用紙や便箋をつくって使われていたんです。あるとき小山さんが何かの際に「松浦さんにお礼をしたいけど、何に喜んでもらえるのかわからない。これが僕にできる精一杯」と言って、私の名前が入った原稿用紙と封筒、一筆箋を段ボール一箱分くださった。大変ありがたくてどんどん使っていたら、当然なくなった。とてもいいものだったので、満寿屋さんにお願いして同じ仕様でつくってもらいました。 オリジナル便箋の背景には、小山さんと私のこうしたストーリーがあります。ですから、それを使うのはお礼状を送る相手への感謝というより、小山さんへの感謝という意味合いが強い。気障(きざ)だとか気取っていると思われるかもしれませんが、もともとは小山さんが私のためにつくってくれたもの。誰が何と言おうと使い倒します。