なぜ「親の会社を継ぐ」ことは難しいのか…「現場からのやっかみ」だけでなく「子どもへの愛情」がギャップを広げる原因にも
父の「禁じ手」
工場と学校が近いこともあって、登校時は父が運転するダットサントラックで送ってもらっていた。 通勤ラッシュの246号線で毎朝聴いていたのは、カセットテープから流れる鳥羽一郎の「兄弟船」や山本譲二の「みちのくひとり旅」。当時、こぶし付きで彼らの歌を完璧に歌いこなした小学生は、それほど多くなかったはずだ。 歌を聴きながら、父が毎朝のように言ってくる言葉があった。 「ええか愛喜、オマエがこの工場継がなあかんねんで」 父は筆者が幼少のころから、自分の工場を継がせたいと熱望していたのだ。 「オマエがせんのやったら、旦那にさせてもいい」 小学生相手への言葉ゆえ、半ば冗談だったのだろうが、当時の父の顔をいくら思い出してもどの時の目も笑っていない。 が、こうした父からのしつこいオファーに、筆者は最後まで首を縦に振ることはなかった。 学校で希望の進路を書かされた高校2年生の頃、アメリカへ音楽留学したいと心に秘めていた昔からの願望を打ち明けた。 時間が経てば諦めると思ったのだろう、「(日本の)大学を卒業したら好きにしていい」と食い下がる両親を尻目に、ニューヨークのステージマイクの前に立つ自分の姿を思い描きながら大学の4年間を過ごした。 留学先の学校も決まり、卒業式をいよいよ1か月前に控えた2月 のある寒い日の朝のこと。 父が社長室の隣のトイレでくも膜下出血で倒れた。 ICUで生死をさ迷い命は取り留めたが、新しいことが記憶できない 後遺症を負い、父は50代前半で障害者になった。 こうして長年の「継げVS継がない」論争は、ギリギリのところで禁じ手を打った父が大逆転の末、勝利したのだ。
家族経営のメリット
国税庁によると、日本における同族企業の割合は90%以上。中小規模企業に絞ると98%にも及ぶ。 同族企業全てが「親子経営」というわけではないが、小規模法人の経営者のうち89.6%が後継者に「子か孫」と回答したという中小企業庁のデータに鑑みても、日本には事業承継を前提にした親子経営が多く存在すると言っていい。 そんな同族企業や親子経営の最大のメリットとして、よく「経営に関する意思決定がスムーズ」という理由が挙げられる。他人よりも家族のほうが多少の無理や融通が利くということなのだろう。 しかし、事業承継を目的に1つの会社、特にブルーカラー関連の会社を親と子が一緒に経営することは、筆者の経験上、様々なハードルがあるうえ、メリットと同等か、またはそれ以上に辛いことが多い。