横浜FCの38歳松井大輔がボランチで新境地開く
松井大輔と言われれば、真っ先にドリブラーを連想する。サイドアタッカーとして出場した2010年の南アフリカワールドカップでも、左の大久保嘉人と両翼を形成。岡田ジャパンが掲げた堅守速攻を支え、2大会ぶり2度目の決勝トーナメント進出に大きく貢献した。 日本中を熱狂させてから9年。延べ12チーム目の所属先となるJ2の横浜FCで、38歳になった松井の視界にタッチラインが入ってくることはほとんどない。サイドアタッカーではなくチームの心臓となるボランチで、現在進行形で新境地を開いているからだ。 「ただ、全然極められていないですね。今日もミスをしているし、なかなか難しいですよね」 自身が与えたファウルがともに2つの失点につながった、7日の明治安田生命J2リーグ第31節。最終的には3-2でヴァンフォーレ甲府を振り切り、ホームのニッパツ三ツ沢球技場を埋めたファンやサポーターの声援に応えた松井は今シーズン、従来のイメージを覆すポジションでプレーしてきた。 リーグ戦初出場は3月3日のモンテディオ山形とのホーム開幕戦。ブラジル人のタヴァレス前監督に言い渡された3バックの真ん中、リベロでの先発は文字通り青天の霹靂であり、試合後には「ちょっと笑っちゃいました」と偽らざる本音を打ち明けてもいる。 「前々日くらいに『考えているから』と監督から言われたんですけど。リベロは小学生以来ですね。プロになってからは初めてだし、どうすればいいか、本当にわからなかったですね」 最終ラインが4バックにスイッチしたモンテディオ戦の後半からは、これも初体験となる右サイドバックでプレー。同23日のFC岐阜戦ではボランチとして先発し、故障退場者が出た関係で前半途中からは[3-6-1]の左ウイングバックへ回っている。
「松井はヨーロッパで何年もプレーしてきた選手なので、これまでとは異なるポジションでプレーしたときに、どのような役割が求められるのかをよく理解している」 松井を守備的なポジションで起用した理由をこう説明していたタヴァレス監督が、成績不振に伴って解任されたのが5月14日。 ヘッドコーチから昇格して新監督に就いた、元柏レイソル監督の下平隆宏氏は「ボランチで考えている」と、ポジションを一本化する方針を松井に伝えた。 「(松井)大輔はピッチ全体を見渡す戦術眼とスペースフィーリングに長けていて、サイドチェンジのボールもしっかり蹴れる。なので、攻撃的なところも含めて(のボランチ)、ですね」 新指揮官に「頑張ります」と伝えた松井だったが、ボランチへの本格的なコンバートに驚くことはなかった。むしろ自分のなかで思い描いていたポジションだったと、後半35分までプレーしたヴァンフォーレ戦後に明かしてくれた。 「ゆくゆくはボランチになるんだろうな、と。年齢的にもそうだし、自分の力でドリブル突破ができなくなってくると臨機応変というか、自分のなかで『後ろに下がらないといけない』と考えていたので」 年齢を重ねるとともにポジションを下げる選手は少なくない。西ドイツおよびドイツ代表として5度のワールドカップに出場したローター・マテウスは、主戦場を攻撃的MFからボランチへ移し、最後はリベロとして1998年のフランスワールドカップに出場している。 ボランチとして日本代表の歴史に一時代を築いた長谷部誠も、浦和レッズ時代には攻撃的MFとしてプレー。35歳になったいま現在はアイントラハト・フランクフルトで、リベロとしてまばゆい輝きを放っている。そして松井も、ボランチ転向とともにプレースタイルを大きく変えた。 「攻撃には遅攻とカウンターがありますけど、遅攻のときは後ろでしっかりとボールをキープして攻撃の起点になり、相手に取られないようにビルドアップしながら両サイドへつないでいく。カウンターになったときには両サイドの2人に加えて、(トップ下の)レアンドロ(・ドミンゲス)を上手く使っていくことが仕事になっていますね」