大江健三郎の「26年にわたる担当編集」が、たった一度「大江さんを本当に怒らせてしまった」意外な理由
「ガンバレ、ダイジョウブダカラ」
知的障害をもって生まれた長男の作曲家・光さんとの共生(『個人的な体験』『洪水はわが魂に及び』『ピンチランナー調書』『新しい人よ眼ざめよ』)、義兄の映画監督・伊丹十三さんの死(『取り替え子(ルビ:チェンジリング)』)、さらには福島第一原発メルトダウンによる衝撃(『晩年様式集(ルビ:イン・レイト・スタイル)』)など……大江さんは、人生の危機に遭遇するたび、それを小説に書くことで乗り越えてきました。一見私的に思える内容が、実は誰もが遭遇する人間存在の普遍的テーマにしっかり結びついている、というのが大江文学の最大の特徴のひとつです。 若いころ読みかけて挫折した方、あの頃の興奮をもう一度味わいたい方、あるいは名前は有名だけどなんか難しいのかなと尻込みしてきた方、大江作品で描かれている登場人物たちは皆さんの分身です。大江健三郎という作家は、私たちの魂の彷徨に伴走し、息切れしかけたとき、脇で「ガンバレ、ダイジョウブダカラ」と励ましてくれるような存在です。 「小説家である自分の仕事が、言葉によって表現する者と、その受容者とを、個人の、また時代の苦痛からともに恢復させ、それぞれの魂の傷を癒すものとなることを願っています。(略)その痛みと傷から癒され、恢復することをなによりもとめて、私は文学的な努力を続けてきました」(ノーベル文学賞記念講演「あいまいな日本の私」より)。「痛みと傷からの癒しと恢復」――まずは短篇小説からでもいかがでしょうか。
山口 和人(編集者)