「日本製鉄のUSスチール買収は脱炭素に逆行」買収阻止を喜ぶ環境専門家たちの声
バイデン米大統領が「安全保障」を理由に買収を禁じる命令を出し、USスチールと日本製鉄は猛反発、経済界は騒然となった。だが意外なところから「歓迎」の声が上がっている
バイデン米大統領は1月3日、日本製鉄によるUSスチールの買収を禁止する命令を出した。その際、バイデンが挙げた理由は国家安全保障上のリスクだったが、この決定は気候変動と大気汚染に及ぼす影響も大きい。 【データで見る】米中ハードパワー・ソフトパワー対決 世界の鉄鋼業界は温室効果ガスの主要な排出源の1つだ。 国際エネルギー機関(IEA)の推計によると、鉄鋼の生産は、世界の産業部門による温室効果ガス排出のうち約25%を占めている。加えてUSスチールの製鉄所の一部は、空気中に大量の有害物質を吐き出していることでも知られている。 鉄鋼業界では、よりクリーンなテクノロジーへの転換を進める動きも見られる。しかし、環境問題の専門家たちによると、日本製鉄に買収されていれば、USスチールは古い石炭燃焼炉をさらに長く使い続け、環境に優しいテクノロジーへの転換は遅れていたことだろうという。 「日本製鉄は、人々の健康を害し、気候に悪影響を及ぼし続けるつもりでいた」と、環境保護団体「インダストリアス・ラボ」の鉄鋼業部門責任者ヒラリー・ルイスは本誌の取材に電子メールでコメントしている。 インダストリアス・ラボによると、USスチールの高炉とコークス炉は毎年1400万トンの温室効果ガスを排出している。日本製鉄の買収提案には、石炭燃焼炉を使用し続けるための投資も盛り込まれていた。それが実現すれば、石炭の消費と大気汚染が続くと、ルイスは指摘する。
日本製鉄の計画「遅すぎるし、規模も不十分」
気候変動対策活動家の間には、日本製鉄による買収が中止になれば、別の企業がUSスチールを買収して、よりクリーンなテクノロジーへの転換が進むのではないかと期待する声もある。 「日本製鉄による買収提案は、気候にとって好ましくないものだった」と、鉄鋼業の脱炭素化を目指す団体スティールウォッチのアジア責任者を務めるロジャー・スミスは本誌の取材に電子メールで回答している。 再生可能エネルギーの利用拡大に伴い、発電における温室効果ガスの排出は減り始めている。そこで、次に注目が集まっているのが鉄鋼業などの重工業だ。 米商務省は昨年3月、鉄鋼大手クリーブランド・クリフスのオハイオ州ミドルタウンとペンシルベニア州バトラーの工場の脱炭素化に、最大5億7500万ドルの助成金拠出を決めている。 実は、クリーブランド・クリフスは2023年8月にUSスチールへの買収提案を行ったことがあった。 このときはUSスチールが提案を拒否したが、今回、日本製鉄による買収計画が中止になれば、同社が再び買い手として名乗りを上げないとも限らない(本稿執筆時点で本誌の取材要請に対して同社広報担当者からの返答はない)。 日本製鉄も今世紀半ばまでに、製鉄のプロセスでカーボン・ニュートラルを目指す計画を打ち出している。しかし、スティールウォッチをはじめとする環境保護団体は、それでは遅すぎるし、規模も不十分だと批判してきた。
「未来を受け入れるつもりがあれば...」
もっとも、USスチールの買収が頓挫すれば、世界4位の鉄鋼メーカーである日本製鉄が自社のアプローチを見直すきっかけになるかもしれないと、スティールウォッチのスミスは指摘する。 スミスは言う。「未来を受け入れるつもりがあれば、グローバル企業が環境に優しい鉄鋼づくりを実践できる可能性は大きく開けている」 ジェフ・ヤング(環境・サステナビリティー担当)