評価は高いが身分は低い。紫式部の父、藤原為時らはなぜ出世や昇進に苦労したのか?―井上 幸治『平安貴族の仕事と昇進: どこまで出世できるのか』
◆源氏物語の世界支えた努力 帯に「源氏物語には描かれなかった世界/平安貴族のリアルな人生にせまる」とある。平安京の貴族を20人ほどの公卿(くぎょう)・800人近い諸大夫・さらに数千人であろう侍らに分け、諸大夫を中心に貴族の仕事の実態を紹介する。 『源氏物語』ばかりでなく歴史物語の『栄花物語』でさえ、男君の昇進記事はあっても、どのような手順で決定されるのか全く描かれないのは、作者が政務の詳細を知らない女性であったというだけでなく、物語として読者の興味を全く引かないことによるだろう。 また、一方で『御堂関白記』(みどうかんぱくき)など政治の中枢にいた権門(けんもん)貴族の古記録に諸大夫の動静はほとんど記されず、まれに記録されるのは儀礼の進行に失態が生じた時だけで、逆に言えば何事もなく進行するのが当たり前であったということである。 著者は公卿と諸大夫の日記をつきあわせて同じ行事について両者の仕事を比較し、行事の全体を眺める。貴族の行事の中から具体的に、政務である「外記政(げきせい)」、儀礼の集中する正月の貴族たちの動静を取り上げ、責任者である上卿(しょうけい)・公卿と、実務に携わる諸大夫や侍の動きを再現する。 とくに外記政は今まであまり知られなかった官人たちとともに書類である申文(もうしぶみ)の動きが生き生きと描かれて臨場感があり、貴族官僚について知識のない読者にも十分に理解でき、身近なものに感じられてくる。 後世のために行事を記録することやマニュアルの存在などは現代の仕事に通じ、彼らの日記に残された裏話の個々からうかがえる諸大夫たちの喜怒哀楽にも時代を超えて共感さえできるのだ。 最後の「平安貴族たちの昇進」は、今では無名の人々となった官人たちの悲哀が描かれる。中でも、有能でありながら数十年同一ポストに据え置かれることの珍しくない下級官人たちの「評価は高いが身分は低い」扱いは身につまされる。 そして、これらの無名の人々のたゆまぬ努力があって、光源氏も藤原道長も権力の頂点で安住できたのだといえよう。 [書き手] 野村 倫子(のむら みちこ・京都橘大学教授) [書籍情報]『平安貴族の仕事と昇進: どこまで出世できるのか』 著者:井上 幸治 / 出版社:吉川弘文館 / 発売日:2023年04月21日 / ISBN:4642059709 京都民報 2023年6月25日掲載
吉川弘文館