「かっこいいと言わせたい」――世界初のプロレス義足で戦うレスラーと義肢装具士の挑戦
会議室で監獄固めの実演
パラリンピックに出場するアスリートレベルの義肢のノウハウはある。だが、谷津さんはプロレス。「ねじれ」への対応という最初の壁が現れる。プロレスは足を様々な角度にねじる動きが多い。谷津さんもそこが怖いと感じていた。 「ある程度、ねじれについていってほしい。かといってふにゃふにゃだと怖い。それで(ねじる動きを助ける)ボールのゴムについては、いろいろ試しました」と小畑さんは振り返る。 両足を軸に相手を抱え上げスープレックスを打つ、相手に関節技を決められる。プロレスは他のスポーツでは想定できないねじれが生じる。小畑さんは谷津さんの話を丹念に聞き、課題を浮かび上がらせ、素材、ゴム選びから相当な時間をかけて製作に取り組んだ。それは小畑さんたちも経験のないものだった。だから、わからないことは、体で感じるしかない。
「会社の会議室に簡単なマットを敷いて、実際に谷津さんの“監獄固め”(仰向けの相手の足を4の字に交差させ自分の両足でその膝関節を挟み込み圧力をかける技)をかけてもらいました。やっぱり本物は違いますよ。まだ製作過程の義足で途中まででしたけど本気でされたら、多分、足折れちゃいましたね(笑)。立つ、ロープワークをするというのはあんまり心配なかったけれど、監獄固めは、予想以上に膝を曲げてねじる動作なんです。そこは調整を重ねました」 谷津さんも言う。「復帰したときに、俺の得意技の監獄固めが出なければ、本当に復帰したとは言えないからね。出なければリングに立ってるってだけになっちゃう」
わがままをもっと言ってほしい
谷津さんのプロレスラーとしての意地を聞き、小畑さんもさらに気合が入った。 「谷津さんはプロレスに対して、かなり純粋な方でした。こうなりたい、こんなんやりたいっていうのを、どんどん言ってきてくれる」 小畑さんも、メインとして動いていた3人のメンバーも、自分たちの義足によってその人の夢が叶うことが大きなやりがい。包み隠さず、遠慮せずに言ってくれなければ前へ進めない。谷津さんがリング上でのこだわりを思いっきりぶつけてきてくれたからこそ、世界に二つとない義足を作り上げられたのだろう。 「チームメンバーは、誰も苦労を感じてないと思うんですよ。『こんなんやってみようか』とか『こんなん作ってみたから1回試してみよう』。それで『じゃあ、谷津さんにいつ大阪、来てもらおうか』って。そんな感じでした」 谷津さんも会議室での監獄固めは印象的だったようだ。「7回か、8回かな、大阪まで通って」と笑みを含んで振り返る。大阪との往復は面倒なことではなく、小畑さんたちの情熱と笑顔に触れられる幸せな時間。そして、一歩一歩、リングに上がる自分に近づける時間だった。