引退決断の佐藤寿人が携帯を手に1時間泣いた日
新型コロナウイルス禍で長期中断を強いられていた時期に、ともにサッカーをしている高校2年の長男と中学2年の次男と、自宅近くの公園でダッシュなどを中心としたトレーニングにトライ。自身の方が先に息切れし、回復力も遅いと感じた佐藤は子どもたちにこんな言葉をかけた。 「これでパパも今年で引退だな」 このときは冗談半分だったが、再開後もなかなか試合に絡めない。先発の機会が巡ってきても前半限りで交代する状況が続いたなかで、佐藤は時間の経過とともに「結果を出せているのか、と言えば決してそうではないと考えたときに、来季プレーするのはプロとしてどうなのか」と自問し始めた。 今シーズン限りでの引退を決めて家族に告げ、クラブ側へ伝えたのは11月6日。予定よりも1時間以上も早くクラブハウスへ到着し、駐車場に車をとめた佐藤はおもむろに携帯電話を手にした。 「引退を決めたときも本当は直接会って、顔を見て伝えたかったんですけど……」 電話をかけた相手は青山だった。戦うカテゴリーはJ1とJ2で異なり、さらには新型コロナウイルス禍で県をまたいでの長距離移動もはばかられるなかで、昨シーズン限りで引退した双子の兄、勇人を含めた家族の次に引退を告げたことからも、青山との間に築かれている絆の強さが伝わってくる。 「青山選手はずっと泣いてくれて、自分もそこから本当に涙が止まらなくなって、お互いに1時間ぐらい泣きながら車のなかでしゃべっていました。それだけの時間をともにしてきた素晴らしいパートナーですし、若いころから誰よりも青山選手へ要求して、彼も他の誰よりも応えてくれて、たくさんのゴールを一緒に作ってくれたことに対しては本当に感謝の思いしかない。自分が辞めると決断した以上、もうパスをもらうことはできないのか、という寂しさもあるので」 クラブへ決意を伝える直前に号泣した日を、「早めにクラブハウスへ着いてよかった。目が真っ赤になっていたので、すぐにはクラブハウスに入れなかった」と照れくさそうに振り返った佐藤は、ホームのフクダ電子アリーナにギラヴァンツ北九州を迎えた、20日の明治安田生命J2リーグ最終節の後半39分から途中出場。勝利を告げるホイッスルとともに、現役に別れを告げた。 直後に青山も自身のインスタグラム(@aoyama.6_official)を更新。そろって雄叫びをあげる姿や涙を流す青山に佐藤が寄り添う光景、リーグMVPを獲得した青山キャプテンのもとで3度目のJ1優勝を果たした2015シーズンの写真を添えた上で、佐藤へ感謝の思いを返している。 「泣き虫で弱い僕に、寿人さんが自信と強さを与えてくれた。あなたが高いレベルを要求し続けてくれたから、僕は成長できた。先頭に立って広島を引っ張り続けてくれたから、僕たちは優勝できた。僕を変えてくれて、広島を変えてくれた。あなたに必死に付いていって本当に良かった。ありがとうキャプテン」(原文ママ) 携帯電話越しに泣き合ってから2日後の11月8日。5失点で大敗したモンテディオ山形戦で、佐藤は途中投入された直後の後半38分に一矢を報いる、そして現役最後のゴールを決めている。唯一無二のパートナーへの感謝の思いも込められた、万感の一撃だったような気がしてならない。 (文責・藤江直人/スポーツライター)