この世界は「無数にある宇宙」のひとつに過ぎない…物理学者たちが「マルチバース」を信じる「深すぎる理由」
図 インフレーションによるマルチバースのモデル
無からの創生という考え方だけでもいくらでも宇宙ができますし、インフレーションによっても多重発生をしていくのです。 では、別の宇宙が存在していることが実際にわかるのかと聞かれれば、わからないとしか答えようがありません。というのも、別の宇宙であるということは、その宇宙との間で因果関係が切れているということだからです。因果関係が切れていれば、こちら側の宇宙からいくら観測を試みても、できるはずがないのです。逆にもし、観測ができて存在が証明できれば、因果関係があるということになりますから、それは別の宇宙ではなく同じ宇宙ということになります。
宇宙にも「淘汰」がある?
マルチバースにおける物理法則では、こんな奇妙な考え方も出てきています。 無数にある宇宙の、無数にある物理法則は、自然選択で淘汰されるというのです。つまり、あたかも生物における進化論のようなアナロジーが、そのまま宇宙についても適用できるのではないかという考え方です。 何ともすごい着想です。現在の物理法則を持っている宇宙は、生存競争に打ち勝って、いちばん多く存在する宇宙になったのではないかというのです。リー・スモーリンという物理学者が考えたことですが、ここでわかりにくいのは生存競争とは何かということでしょう。 この考え方によれば、重力定数や強い力の定数といった定数ごとに、多様な宇宙があります。その中で宇宙が生まれて死んで、生まれて死んで、を繰り返すうちに、自然淘汰されていく宇宙があり、ある形の宇宙が多くなっていく。そして私たちは、そのいちばん多くなった宇宙に住んでいるのではないかというのです(図「淘汰される宇宙のイメージ」)。
図:淘汰される宇宙のイメージ
もちろん、現在の理論でこんなことが言えるわけではありません。そこで、彼はモデルをつくって、仮定をおいて進化を考えました。その仮定とは、一つの宇宙にブラックホールが生まれると、そのブラックホールには別の新しい宇宙が生まれるのだというものです。これは何の根拠もない仮定で、そんなことが証明されたことはありません。私はインフレーション理論に則って、ワームホールができたら別の宇宙ができるという話はしましたが、ブラックホールが生まれたら別の宇宙ができるというような話はないのです。 それはともかく、この仮定に沿って話を続けましょう。ここで、ブラックホールの誕生によって新しくできた宇宙の物理法則は、元の宇宙とは少しだけずれるというのです。言ってみれば、宇宙の物理法則というのは生物の遺伝子と同じようなもので、世代交代するうち突然変異によって少しだけ変化するというわけです。これはまさに、生物の進化の特徴です。 こうして、何世代にもわたるたくさんの宇宙の進化が生物の場合と同じように進めば、いずれはブラックホールをたくさんつくる宇宙が自然選択で栄えることになるといいます。彼の言い方によれば、現在の物理法則がこのような値になっているのは、この物理法則を持つ私たちの宇宙に多くのブラックホールがあるがゆえに、その値になっているというのです。 大変面白いアイデアではありますが、現実の法則でこのような理屈が説明できるわけではありません。いまの時点ではまだ、ひとつの面白いお話ということになると思います。 * * * さらに「インフレーション宇宙論」シリーズの連載記事では、宇宙物理学の最前線を紹介していく。
佐藤勝彦