この世界は「無数にある宇宙」のひとつに過ぎない…物理学者たちが「マルチバース」を信じる「深すぎる理由」
「ワームホール」と呼ばれるふしぎな現象も…
そうすると、とても不思議な現象が起こることがわかりました。周囲よりも遅れてインフレーションを起こした領域は、先にインフレーションを起こして宇宙規模の大きさを持った周囲の領域から見ると、表面は急激に押し縮められているけれども、その領域自体は光速を超える速さで急激に膨張して見えるということが、相対性理論から導き出されたのです。 まるでブラックホールでもつくっているかのように表面が急激に押し縮められている領域が、全体としては急激に膨張している。一見矛盾するこの問題に、当初、私自身も悩みました。しかし、何度計算しなおしても、まちがいではありません。 ところが、さまざまな可能性を探っているうちに、次のような描像が見えてきたのです。実は、表面を急激に押し縮められている部分は、虫食い穴のような小さな空間になりながら、周囲の空間と、新たにインフレーションを起こした空間をつないでいる。そして、新たにインフレーションを起こした空間は急激に膨張して、やがて新しい宇宙になる、というものです。これならば、周囲から表面を急激に押し縮められている空間が、なおかつ急激に膨張するということが矛盾なく説明できます。 こうして、すでにインフレーションの終わっている領域を親宇宙とするならば、急膨張した場所が子宇宙となり、さらに遅れて孫宇宙が生まれるというように、まん丸い親宇宙から、いくつものマッシュルームでも生えてくるように、無数の子宇宙、孫宇宙が生まれるというモデルができあがったのです。 押し縮められる虫食い穴のような空間のことをワームホールと呼んでいます。 これらの子宇宙、孫宇宙は、ワームホールもやがて消えて、親宇宙とは完全に因果関係の切れた、独立した宇宙になっていきます。 これが、インフレーション理論が予言するマルチバースの考え方です。
量子論は必然的に「マルチバース」へ
ところで、アレキサンダー・ビレンケンなどが考えた量子論的な宇宙論では、宇宙は「無」から創生されるという話を前にしました。とすると、無の状態から生まれる宇宙は当然ながら、私たちの宇宙だけでなければならない理由はなく、いくらでも別の宇宙ができる可能性があると考えられます。そして無から生まれた多数の宇宙はそれぞれインフレーションを起こし、子宇宙、孫宇宙を生みながら大きくなっていくわけですから、どうしたって宇宙はユニバース(universe=一つの宇宙) ではなく、マルチバース(multiverse=多数の宇宙)にならざるをえない。これが、最近の宇宙論の考え方です。