この世界は「無数にある宇宙」のひとつに過ぎない…物理学者たちが「マルチバース」を信じる「深すぎる理由」
宇宙はどのように始まったのか…… これまで多くの物理学者たちが挑んできた難問だ。火の玉から始まったとするビッグバン理論が有名だが、未だよくわかっていない点も多い。 【写真】「ビッグバン」の前に何が起きていたか…「宇宙の起源」のナゾを解く そこで提唱されたのが「インフレーション理論」である。本連載では、インフレーション理論の世界的権威が、そのエッセンスをわかりやすく解説。宇宙創生の秘密に迫る、物理学の叡智をご紹介する。 *本記事は、佐藤勝彦著『インフレーション宇宙論 ビッグバンの前に何が起こったのか』(ブルーバックス)を抜粋・再編集したものです。
ユニバースからマルチバースへ
近年、さまざまな研究の成果から、マルチバース(multiverse)という言葉が流行してきています。宇宙は一つ(uni)ではなく、多数(multi)であるというのです。実は私のインフレーション理論でも多数の宇宙が生まれることは予言されていて、本書でも「子宇宙」「孫宇宙」という言葉がときどき出てきました。そのほかにもさまざまな理論によって、宇宙は多様に存在しているらしいと考えられるようになり、マルチバースという言葉が定着しつつあるのです。 そこで、ここからはマルチバースの話をしていきます。なかには少しイメージするのが難しい内容もあるかもしれませんが、あまり細部にこだわらず気楽に読み進めてください。
無数の「子宇宙」「孫宇宙」
インフレーション理論はビッグバン理論の困難を解決してきただけではなく、まったく新しい宇宙の描像を描き出してもいます。それは、宇宙が急激な膨張をするとき、早くにインフレーションを起こして膨張している場所と、インフレーションをまだ起こしていない場所とが小さな泡のようにいくつも混在することによって、多数の「子宇宙」や「孫宇宙」が生まれてくるというものです。 これは、私と共同研究者が1982年頃に説いたことなのですが、インフレーションで宇宙が急激な膨張をするとき、宇宙全体が手を携えていっせいに大きくなるとは限りません。互いに連絡がとれないような遠いところまで、同時に、同様にインフレーションが起きるという必然性はないのです。つまり、でこぼこだらけの膨張を起こす可能性は十分にあるわけです。 これは現在の宇宙のような数百億光年という「小さな」スケールの話ではありません。われわれの宇宙を超えた、とてつもなく大きな話です。そういうスケールで見ると、インフレーションを起こして急膨張をしている場所と、インフレーションが終わって緩やかな膨張をしている場所が宇宙にはいくつも混在していると考えられるのです。