「もうひとつの民主主義」が生まれる条件とは? 「市民型民主主義」と「人民型民主主義」を比較する
歴史的条件
まずA型とB型の二つの陣営の対立を生むに至った歴史的条件を検討してみよう。 ハッキリした特徴は、西側としてのA型が、いわゆる先進国あるいはG7という枠組みとほぼ一致することだ。これに対してB型の国は新興国あるいは途上国である。そしてそのことはA型の国の多くが帝国主義的拡張の歴史をもち、少し前までの世界経済の圧倒的主役であったことを意味してもいる。 B型の中でも、ロシアや中国やイランや北朝鮮など、A型=西側先進国に対抗しようとする国をB1型とすれば、比較的長い文明の歴史を有してはいるが、西欧的近代化に立ち遅れ、A型に追随しあるいは短期的に植民地化されながらも、それに反発し、社会主義あるいはイスラムの思想による「革命」を経験した国である。B型の中でも、強くA型に対抗する姿勢をもたない国をB2型とすれば、それらの国は植民地として長期にわたり支配された経験を有し、その支配からの独立と近代国家としての安定が大事業であったというのが大方の実情である。つまりB1型の国家群は「革命」を、B2型の国家群は「独立」を、近現代史の特徴としている。 そう考えれば、B1型の国家群は、資本主義に対する革命の動力が、A型国家群=資本主義的先進国に反発する力として続いていると思われる。またB2型の国家群は、反発するより援助を受けることを優先しているのだが、科学技術と経済の面で近代化が進むことによってB1型に近づく国もあり、逆に西側型の民主主義に向かう国も見られる。 つまりB型の国は多かれ少なかれ、A型の国への「恨み=歴史的怨念」を有し、その怨念が政治思想に反映されていると考えられる。たしかにA型は現状を維持する平和勢力ではあるが、その現状はこれまでの武力制圧によって勝ち取ってきたものではないか、というB型の言い分にもそれなりの理があるのだ。今後この歴史的怨念をどのように解除していくかが、A型、B型に共通する課題である。