「笑い話にできない話はするな」 西田敏行さんが遺した名言を盟友・武田鉄矢が明かす 「彼の演技には狂気が潜んでいた」
「夢は諦めちゃダメなんだ、俺たちは」
仲間20人ぐらいと作ったお芝居をやるのに、300人前後の小屋を見つけたんだと。演目は、いわゆるシェイクスピアかチェーホフか、その辺の高い次元の芝居ですよ。セットにお金をあまりかけられないから、工夫して整えてね。 ところが幕を開けたら客席に10人もいなかった。でもしょうがない。気を取り直して芝居を始め、最初の場面が終わって、楽屋に戻ってきた奴が言った一言で楽屋がざわついた。 「前から2番目の席にいる人、あれ渥美清だよ。白いサファリ帽かぶってるけど、間違いねえ」 そしたら、もう芝居が変わっちゃうわけ。最も燃えたのが西田敏行その人です。2幕目の出番を待ち切れないように舞台に出ていって、もう他の人に喋らせないぐらい前に出て、思いっきり演じた。そうしたら、渥美さんが手をたたいて、ハッハッハッハと笑う。その声が高らかに響く。他の8~9人はまったく笑わないのに。 で、西田さんが引っ込んだらその笑い声が収まって、また出ていくと、オーッと拍手しながら笑っている。そんなことが何回か繰り返されて、ついに緞帳が下ろされるわけなんだけど、その瞬間、疲れ切ってハアハア言いながら、西田さんこう言ったんだって。 「あれは間違いなく渥美清だよ。夢は諦めちゃダメなんだ、俺たちは。ああいう人が観に来るんだから。どうすんだよお前、俺が大スターになったらよ」 たぶんノリで言ったと思うんですが、現実にそうなっていくんだから、やっぱり当時から西田さんは明らかに伝わるものを持ってたってことなんですよね。 西田さんと渥美さんというのはそれほど縁が深いんです。だからでしょうね、渥美さんの持つ“柄模様”を西田さんも持っていた。それは悲哀も笑いに変えてしまうエネルギーです。
「笑い話にできない話はするな」
途中からはもうライバルなんて言えないほど、西田さんは主役を背負って大きな映画に出演されていきます。撮影が終わると、西田さんと一杯やりながら二人だけでお疲れ会をやるんですよ。 そのときに聞かせてくれるエピソードはどれも楽しくてね。命がけの役をやっても、どんなに苦しくても、辛かったことは一切話さないんですよ。すべてを笑い話にして爆笑させてくれるんです。 例えば、映画「植村直己物語」。ヒマラヤにロケに行っていますから、ほんとに死にそうな目に遭ってるんですよ。いまにも雪崩を起こしそうな雪の大絶壁の下を、植村直己役の西田さんが歩いているというシーンを捉えたいと、監督は考えた。 とはいうものの、いつ本当に雪崩を起こすか分からないので危険なわけです。だからシェルパが通訳を挟んで撮影隊にアドバイスしたんですって。「絶対に大きい声を出さないで!」と。みんな気を付けろとかって確認し合うんだけど、監督が、「よぉーーい!」って、めっちゃくちゃ大きな声で言っちゃった。そしたら、シェルパの人が「デンジャラス! デンジャラス!」って。 西田さん、もう無我夢中で歩くんですけど、絶壁の雪のかけらがパラッパラッと落ちてくるんだって。 生きた心地しないよなあ。おそらく本当は怖かったと思うんです。でも話は面白くて本人もケラッケラ笑ってた。 西田さんは私にもよく言ってくれました。 「笑い話にできない話はするな。それはものすごく人間として未熟で劣っていることなんだ。肝心なのは、自分が受けた苦しさといったマイナスをどうプラスにして語ってあげるかだ」