「笑い話にできない話はするな」 西田敏行さんが遺した名言を盟友・武田鉄矢が明かす 「彼の演技には狂気が潜んでいた」
人間を突き動かす情念
これ、西田さんの哲学だと思うんです。圧倒的な演劇性。それはあの人が貫いた見事な覚悟だったんじゃないですかね。 辛かったり苦しかったりすることを笑いに変える。その根本にあるのはいったい何なのか。「狂気」だと思うんです。 西田さんはたびたび、 「狂気をはらんだ芝居ができる役者になる」 と言っていました。確かに、彼の演技の奥底に一種の狂気を見るんですよね。われわれが目指した渥美清さんの演技の中にも、やはり一種の狂気が潜んでいました。それをあの人はオブラートに包むから、感じさせないし、みんなだまされているんです。 卑近な例ですけど、西田さんも私も歯が悪いんですよ。私は気が小さいから、歯が抜けたりすると、入れ歯になるのかなぁとかってうつになるぐらい落ち込むんです。それなのに西田さんといったら、カラカラ笑いながら「私、もうかむ歯が無いもんだから、うどん食いながらかんだって印を残していくだけだ」って。それを耳にしたときは、ガーンと圧倒されました。浮気がばれてしょぼんとしてるときに、「もう1回ぐらいやんなきゃダメ」とかって言える人がいるじゃないですか。ああいう人と共通したものがありますね。 これ、なかなかできないですよ。常識的な観念がのしかかろうとしているときに、それを払えるエネルギーがあるか。追い詰められたときに、火をつける最後の火薬のようなもの――そういうものですよね、狂気というのは。人間を突き動かす情念ですよ。 人間のいちばん奥底にある狂気を恐れずに演じる。そういうところに、西田さんの本領を見るんです。それを死ぬまで持っていた人でした。そんな西田さんにものすごく憧れました。
最後の謝罪
晩年は車椅子の生活になって、辛かったと思います。それをいつか笑いに変えて話してくれるかなと思っていましたが、かなわなかったですね。 西田さんには、私が初めて脚本を書いた映画「刑事物語」の台本を最初に読んでもらったんですが、「あんたには書く才能があるんだから、鉄やん、書きなよ」と言ってくださっていた。だから小説も書けるとね。 でももう諦めました。ごめんなさい、西田さん。それでもいま坂本龍馬を主役にした脚本を、まだ遊びだけど書き始めています。出来上がったら真っ先に西田さんに読んでもらいたかったです。 (取材・構成=ノンフィクション・ライター 西所正道) 「週刊新潮」2025年1月2・9日号 掲載
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