どんなテンションでやっていいかわからなくて――渡部建、東野幸治と振り返るこの2年
渡部:全然見れなかったです。なんせ穴開けてるから、自分のレギュラー番組ぐらいは責任持って見なきゃとは思っていたんですけど、何かもうまいっちゃってて。体に力が入らないとか、朝起きれないとかになっちゃって。 東野:円形脱毛症みたいなのも。 渡部:ああ、ちょっとできましたね。体にブツブツもいっぱいできましたし。ただ、僕が全部いけないんですよ。こういうのって言えば言うほど被害者っぽくなるんですけど。 東野:うん、俺がそういうふうに導いてるのよ(笑)。 渡部:やめて! 危ない危ない。やめてくださいよ。僕が全部いけないんです、っていう大前提の話ですからね。 東野:でも、やっぱりそういうもんなんや。じんましんとか、立ちくらみとか。 渡部:まあ、体はそういう感じです。そういうお医者さんのところにも行って相談したら、とにかくつらいことは全部避けてください、と。テレビは見なくていいし、人と会わなくてもいいし。そうしているうちにちょっとずつ落ち着いてきたっていうところです。
いまだに飲食業の皆さんには本当にお世話になっている
謹慎期間中にも渡部はマスコミに執拗に追い回された。子どもの送り迎えをするところも逐一観察されていて、子どもを見送った瞬間に記者から声をかけられたりもした。プライベートでも気持ちが休まる暇はなかった。 東野:謹慎中にも渡部が散歩してるとか、日常が全部ネットニュースになってるから大変やなと思っていたら、ふとアイデアが浮かんで。そのとき俺が『幻ラジオ』っていうYouTubeのラジオをやっていて、Tシャツとかキャップとかグッズを作ったんですよ。だから、散歩のときはこのキャップをかぶれ、って渡部に渡して。 渡部:そうです。これはせめてもの恩返しっていうことで、かぶることにして。 東野:それで写真撮られたりしたら、俺もネタにできるし、聴いてる人も盛り上がれるし、渡部も元気になるし、ええアイデアやなと思って。 渡部:それから毎日かぶったんですけど、なぜか報道陣がピタッといなくなったんです。魔よけのごとく。結局、『幻ラジオ』の帽子は一度も撮ってもらえなくて。毎日かぶっていたからボロボロになりました。 東野:謹慎中にはおいしいもんとか食べてたの? 渡部:いや、これもめちゃくちゃありがたい話なんですけど、ああいうことがあってから、日本中からいろんなものを送ってきてくれるようになって。あと、予約困難店みたいなお店とかも、とにかく一回来い、店が閉まった後にでも顔を出せ、って。 東野:マジで? 渡部:もうめちゃくちゃお世話になりました。いまだになんですけど、飲食業の皆さんには本当にお世話になっていて、感謝しています。