自分の肉体の衰えを「おもしろいと思った」――内村航平、体操キングの強靭かつ「変態的な」メンタリティー
「もうここまでか、って思いました」――引退を決意した時の思いを聞かれ、内村航平(33)はそう答えた。2022年1月11日に現役引退を発表。同年3月12日の東京体育館での引退イベント「KOHEI UCHIMURA THE FINAL」で、体操選手としての活動にピリオドを打った。国内外の大会で「史上初」「歴史的」となる数々の記録を打ち立て、いまだかつて誰も見たことのない景色を目にしてきた体操界の「キング」は、なぜ今その玉座を降りることを自ら決めたのか。(取材・文:小田部 仁/撮影:栃久保 誠/編集:伊藤 駿(ノオト)/Yahoo!ニュース オリジナル RED Chair編集部、文中敬称略)
天才なんて言葉、なければいいのにって思ったこともあります
「(東京)オリンピックが終わって、2~3カ月後に北九州で世界選手権があったので、そこに向けて練習していたんですけど。どん底から這い上がって、また世界の舞台に立たなきゃいけないというのが……ちょっと、しんどすぎて。ここから先、この練習に耐えうる精神力はもう残されていないかも、この辺が潮時だなって、その時に思いました」 体操界の“キング”として君臨し、数々の伝説を打ち立て、「体操とは自分自身である」とまで言い切る内村航平。引退を決断した理由を淡々と語った。 「そもそもリオが終わってから、年齢的にも『東京オリンピックまでだな』とは思ってたんですよ。どんな時もオリンピックがあったから続けられたんですけど、今回、東京で結果が残せなかったから現役を続けるんだ……というのは、自分のモチベーションを保つ理由としては弱すぎて。次のパリは見えなかったです」
加齢とともに自分自身の存在理由とも言える体操が、思うようにできなくなっていく――けがに悩まされた現役生活の後半戦に、何を思っていたのか。肉体の衰えを感じるのは辛くなかったか尋ねると、少し考えた後、いたずらっぽい笑みを浮かべてこう言った。 「ちょっと変態的なんですけど、それがおもしろいと思っちゃったんですよね(笑)。今までできていたことが急にできなくなるって、意味がわからないじゃないですか。でも、じゃあどうやったら(以前のように)できるんだろうって考えるようになったんですよ。今まで何も考えずにできていたことが、考えてできるようになったら、さらにうまくなれるかもしれない。だから、逆転の発想をするしかないなって思ってました。そう考えられる人こそが、さらに上を目指せると思うんです」 失意や絶望に打ちひしがれるのではなく、さらなる高みを目指して。自ら「変態的」と称する、この強靭なメンタリティーがあったからこそ、前代未聞の偉業を成し遂げられたのだろう。緊張の大舞台で見せる、紫電のような鮮やかで美しく、しなやかな演技を目の前にして、人は彼を“天才”と褒めそやした。しかし、内村自身はそう呼ばれることを嫌う。 「『天才』って言葉を辞書で調べると、才能がある人みたいな意味が出てくるんですけど……才能があっても、努力をしなければ人はそれを開花させることもできないじゃないですか。天才なんて言葉、なければいいのにって思ったこともあります。何かを残してきた人って、特別ではないんですよ。僕だって、ただ体操が大好きで、それを突き詰めすぎただけなんで。何かを突き詰めることって、その気になれば誰にでもできることだから。同じ人間で、誰でも目指せるんだと思ってもらえたほうがいい」