痛恨のPK失敗も頼れるチームメイトに救われたキャプテンの涙。前橋育英MF石井陽は仲間と築き上げてきた信頼を胸に最後の1試合まで戦い抜く
[12.31 選手権2回戦 前橋育英高 2-2 PK6-5 愛工大名電高 駒沢] 「もう本当にホッとしましたし、みんなに迷惑を掛けて申し訳ないなという想いが強かったです」。 【写真】「美しすぎ」「めっちゃ可愛い」柴崎岳の妻・真野恵里菜さんがプライベートショット披露 試合後の取材エリア。前橋育英高(群馬)を率いるキャプテンのMF石井陽(3年)は安堵の表情を浮かべながら、こう言葉を紡いだ。 愛工大名電高(愛知)と対峙した2回戦。前半は9対0というシュート数が示すように、前橋育英が一方的に攻め続ける。それには相手のキャプテン・蒲地陽汰も「前半は『これ、どうやったら勝てるんやろな……』と、ちょっと下向きになったところもありました」と話すほど。7分にMF平林尊琉(2年)が、38分にはMF黒沢佑晟(3年)がゴールを重ね、2-0でハーフタイムに折り返す。 ただ、後半に入ると少しずつチームに慢心が生まれていく。「ハーフタイムには監督やコーチから『3点目が大事だぞ』と言われて、なかなか3点目を獲れなかったのに、ちょっと緩みや『大丈夫だろ』という雰囲気が出てしまったと思います」と石井。21分にセットプレーから1点を返されると、会場の空気も変化していく。 「あの失点で応援席を含めて会場や相手の士気がグッと上がってしまって、その中で自分たちが受けてしまう部分とか、足が止まってしまう部分が凄く多くなってしまいました」(石井)。最終盤の40+1分には相手に献上したPKをきっちり決められ、2点のアドバンテージを吐き出した前橋育英は、PK戦で次のラウンドへの進出権を争うことになる。 先攻の前橋育英。1人目を任された石井は、少し嫌な予感があったという。「ドキドキしていましたし、プレッシャーが掛かっていた中で、ちょっと焦ってしまったというか、先に自分がボールをセットしてしまって、相手のキーパーが来るのを待ってしまったので、自分の行きたいタイミングで行けば良かったなと思いました」。左スミを狙ったキックはややコースが甘くなり、後半終了間際に投入された愛工大名電の“PKキーパー”、相原諒にドンピシャのタイミングで弾き出されてしまう。 痛恨のPK失敗。一瞬だけ両手で顔を覆いながら天を仰いだものの、すぐに気を取り直してGKの藤原優希(3年)の元に向かい、自分の左腕に巻いていたキャプテンマークを、守護神の左腕に巻き直す。 「もう藤原に止めてもらうしかないので、『PK戦はオマエがキャプテンだぞ』という意味で託しました。藤原は練習でもPKのキックを読むのが得意な選手なので、そこに対して自信を持ってやってくれという想いと、『本当に頼む』ということを伝えました」。仲間の列に戻り、ただただ祈りを捧げる。 決められれば敗退が決まる後攻・愛工大名電5人目のキックは、枠の右へ外れていく。絶体絶命の窮地から生き返った前橋育英は6人目、7人目、8人目と成功。そして、愛工大名電8人目のキックを藤原が横っ飛びで弾き出すと、気付けば石井も仲間と一緒に泣きながら走り出していた。 「陽から『オマエ、頼むよ』と言われて、キャプテンマークをもらいました。陽は去年から試合に出ていて、今年も先頭に立ってみんなのリーダーとして頑張ってくれていましたし、『外してマジでゴメン』と言っていたので、絶対に『自分が止めて勝ってやろう』と思っていました」(藤原) チーム伝統のエースナンバー14番を背負い、キャプテンの重責も担ってきた今シーズン。「一時期は自分がみんなにいろいろと言い過ぎてしまって、それでチームの雰囲気が崩れてしまったり、逆に緩くなりすぎてしまった部分があって、そういうことを夏に経験して、自分のキャプテンのありかたとか、チームとしてどう戦っていきたいかとか、お互いにどこを求め合うのかとかが整理されたところもあります」と振り返るように、どうリーダーシップを発揮するかに腐心しながら、何とかここまで走り続けてきた。 さらに今は、“再会”を果たした旧友の想いも乗っかっている。初戦で対峙した米子北高(鳥取)にはFW鈴木颯人(3年)、MF柴野惺(3年)、GK佐々木唯翔(3年)、FW小林彪雅(3年)と4人の前橋FC時代のチームメイトが在籍しており、今回の試合では鈴木と柴野とピッチ上で向かい合うことになった。 結果は2-0で前橋育英が勝利。「米子北戦が終わった後も、彼らからは『本当に優勝してくれ』とも言われていましたし、米子北さんが持っていた千羽鶴も僕らが託されたので、それを国立や決勝まで持っていくのは自分たちの義務だと思っていますし、彼らの想いまで背負ってやらなきゃいけないなと、試合前から思っていました」。中学時代をともに過ごしたかつての仲間たちに託された想いを、裏切るわけにはいかない。そんな感情もこの日の試合後の涙には詰まっていた。 頼れる守護神への感謝は尽きない。「本当に『ありがとう』としか言えないですよね。自分のミスを救ってくれて、チームも助けてくれたので、次の試合では藤原にシュートストップさせないぐらい、自分が体を張ってシュートも打たせないようにして、助けたいなと思います」。少しだけ笑顔を取り戻したキャプテンは、改めて次の試合へと意識を向け直す。 「今日は自分たちの甘さが出た試合でしたけど、勝ったことをポジティブに捉えて次に繋げるしかないので、今日出たことはしっかり振り返って、自分たちで受け止めて、ここからは勝ち進むだけだと思います。もうここからは上がっていくことだけ考えて、やっていきたいです」。 名誉挽回のチャンスはみんなが作ってくれた。次こそは自分の活躍で、絶対に勝利を手繰り寄せてみせる。今シーズンの前橋育英を牽引してきた不動のキャプテン。石井陽は3年間でチームメイトと築き上げてきた確かな信頼を胸に、勝負の3回戦も全力で戦い抜く。 (取材・文 土屋雅史)