ナスダックの取締役会に多様性を求める上場基準が無効に
訴訟の経緯
SEC は、ナスダックによる以上のような規則改正が、1934年証券取引所法に定められた自主規制規則の要件、なかんずく自主規制機関(SRO)である取引所の規則は証券取引所法の目的と関連して(related to)いなければならないという要件に合致するかどうかを審査し、2021年8月、規則改正を承認した(注4)。 これに対して非営利団体「公正な取締役選任のための同盟(Alliance for Fair Board Recruitment: AFBR)」が第5巡回区控訴裁判所に対して、SECによる規則改正承認の有効性を審査するよう申し立てた。また、それとは別に保守系シンクタンクである全米公共政策研究センター(National Center for Public Policy Research)も同様の申し立てを第3巡回区控訴裁判所に対して行った。第3巡回区控訴裁判所は当該申し立てを第5巡回区控訴裁判所に移送し、第5巡回区控訴裁判所が、二つの申し立てを一括して審理した。 第5巡回区控訴裁判所による本件訴訟の審理は、特に重要な事件の審理で用いられる所属裁判官全員による合議形態(en banc)で行われた。判決は、SECによる承認を無効とする多数意見と反対意見が9対8に分かれるという僅差で下された。
法廷意見の概要
Andrew S. Oldham判事が執筆し、Elrod首席裁判官を含む8名が同調した法廷意見は、概ね以下のように述べ、SEC による承認は行政手続法が禁じる「恣意的、気まぐれ、裁量権の濫用その他の違法行為」に該当し、無効であると結論付けている。 SECは、訴訟の対象となったナスダック規則改正のうち情報開示ルールについては、情報開示を求める自主規制規則は、情報開示の促進という証券取引所法の目的に照らせば、法の目的に関連していると主張する。しかし、そうした理解は正しくない。証券取引所法の制定経緯を検討すれば、立法の目的は市場における相場操縦行為等の不公正取引や過剰な投機行為を防止して投資家保護と市場の安定を確保することである。上場会社がSECの求める情報開示規制を遵守しなければならないことは法に定められている通りだが、議会はあくまで基本的な企業情報や財務情報の開示を求める権限をSECに与えたのであり、あらゆる情報の開示を求める権限を与えたわけではない。 証券取引所法は1975年に大幅に改正され、新たに全米市場制度(NMS)の確立が求められることとなった。改正の狙いは証券取引所間の競争を促すことであり、SECおよび取引所は、競争を不必要に妨げるような規則を制定することを禁じられた。改正前は、取引所の規則は法の規定と「齟齬を来たさない(not inconsistent with)」内容のものであれば良かったが、改正法では、法の目的と「関連している(related to)」ことが求められるようになった。 従って、情報開示に関する取引所規則の承認にあたってSECは、当該規則が単に情報開示を促進するだけでなく、開示を求められる情報が証券取引所法の目的と何らかの関連性を有することを確認しなければならない。 SECは、ナスダックの規則改正は、全体として公正で公平な取引の原則を促進し、自由で開かれた全米市場の確立を妨げる障害を除去し、投資家が必要とする情報を提供させることで投資家保護と公益に資するものだと主張する。 公正で公平な取引の原則とは、取引所に対して道徳的に望ましい行動を促すよう求めるものである。取引所会員が公正・公平でない取引行為を行うことを禁じたり、契約違反のような不道徳な行為を行う取引所会員に対して懲戒処分を課したりすることが求められてきた。しかし、今回の規則改正の内容は、公正で公平な取引を求めることからかけ離れている。上場企業が、取締役会メンバーの人種、性別、LGBTQ+に該当するか否かといった情報の開示を拒むことが不道徳だとは考えられない。証券取引の原則として、なぜ取締役会の構成がナスダックの求める水準の多様性を欠いているのかを説明する義務があるとは思われない。SECは、市場で重要な役割を担う投資家が、多様性に関する情報を必要としていると主張するが、それは公正で公平な取引の確保という法の目的とは関係ない。 今回の規則改正が、自由で開かれた全米市場の確立を妨げる障害を除去するというSECの主張も間違っている。取引所規則の内容が、証券取引に伴う取引費用の低減につながるのであれば、NMSの確立を求める証券取引所法の規定に関連するものだと言えるだろう。SECは、規則改正で開示されることとなる情報は、投資家による投資判断や議決権行使の判断に役立つだろうと主張するが、取締役会の多様性を高めても証券取引に伴う取引費用の低減にはつながらない。 今回の規則改正が、投資家保護と公益に資するというSECの主張も間違っている。投資家保護と公益という概念は曖昧であり、それに資するかどうかは、証券取引所法が明記する害悪、すなわち投機行為、相場操縦、詐欺、反競争的な取引所の行為、といったものから投資家や公衆を守ることになるかどうかで判断されなければならない。 取引所の上場基準の多くは、それら法が明示する目的に関連している。例えば、ナスダックは上場企業の取締役会メンバーの過半数が独立取締役であることを求めているが、それは業務執行から離れた取締役を確保することで財務上の悪事を防ぎ、詐欺を防止するという目的に適っている。2002年のサーベンス・オックスリー法によって設けられた監査委員会メンバー全員が社外取締役であることを求める証券取引所法の規定も同じ狙いからである。 一方、多様性を求める今回の規則改正はどうか。ナスダックは、取締役会メンバーの多様性は企業の財務報告や内部統制、情報開示、経営監督の質と関係すると主張するが、そうした主張を裏付ける根拠を示していない。また仮にナスダックの主張が正しいとしても、正当化されるのは今回の規則改正内容のうち情報開示ルールだけで、多様性ルールまでは正当化できない。多様性ルールは、ナスダックの求める多様性基準を満たす取締役を選任しない理由の説明を求めるが、多様性基準を満たせない理由を示せる企業の方が、その理由を示さない企業よりも優れたガバナンスを行っているということが証明できない限り、そうしたルールが投資家保護や公益に資するとは言えない。SECは投資家の求める情報を開示させることが公益に資すると言うが、法の目的は投資家が必要だと思うあらゆる情報の開示を義務付けることではない。