日本人は禅、神道を世界にもっと発信すべき ── サティシュ・クマールが説く「美しいビジネス」
何のために仕事をするのか
──日本のビジネスパーソンの中にも、サティシュさんの提唱されるビジネスのあり方や生き方に共感する人がたくさんいます。とはいえ既存の資本主義にとらわれてトランジションができない人に、サティシュさんならどのような「問い」を投げかけますか? サティシュ:「あなたは何のために仕事をするのか」という問いを贈ります。 私の父はビジネスマンでした。私が幼い頃、父に「なぜ仕事をするの?」と問うと「友達をつくるため」と答えたのです。 そのビジネスがなければ、お客様に会うこともないし、サプライヤーに会うこともない。人に出会うための口実なのだよ、と。 自分が仕事をするのは「環境を回復するため」「人を幸せにするため」など単なる利益よりも大きなモチベーションがあるならば、自ずとビジネスのあり方は変わってくるはずです。 続けて、父は「ビジネスを通して生み出すものがあるとすれば、それは美しくなければならない」と言いました。 今のビジネスはたくさんのものを生み出していますが、残念ながら美しくありませんね。 美しくあることの次に大切なのは持続すること。日本の皆さんは500年存続する寺院を建てることができています。素晴らしいことです。 3つ目に大切なことは人のニーズを満たすことです。Greed(強欲)ではなく、人が本当に必要(Need)とするものを作ることです。 これからはすべての企業の建物の看板に「我が社はなぜこのビジネスをやっているのか」というパーパスを書いて掲げてはどうでしょう。誰も「お金を儲けるため」とは書けないですから(笑)。 あらゆる企業が「人のため、そして地球のため」という看板を掲げたら良いですね。
良いことはすべて難しい
──人が自分の本当のパーパスに気づくことはとても難しいと感じています。ビジネスパーソンたちがそれぞれの「真のパーパス」に気づくには、どんなことを心がけたら良いですか。 サティシュ:良いものはいつも難しいのです。素晴らしいアーティストになることも、素晴らしい詩人になることも、エベレストに登ることもどれも難しい。 まずは難しさを恐れないことです。難しければ難しいほどチャレンジした方が良い、そう思いましょう。簡単な答えではなく、正しい答えを見つけたいわけですから、難しさを恐れてはいけません。子どもを産むことも子どもを育てることも、難しいことですね。 それから、すぐに達成しようと思わないことです。木が育つには10年かかります。待つことも大切です。 ──日本には禅、神道をはじめ西洋とは違う自然観や人間観があります。これからのより良い世界を作っていくために私たち日本人が貢献できることは何だと思いますか。 サティシュ:日本人には、世界に「自然と神は一体である」ということを伝えていく力があります。一本の木、一輪の花、山、川……すべてに神聖さが宿ります。「今、ここ」に神があるということを、自然を通して見ることができる。それが神道の素晴らしい点ですし、ヒンドゥーとも似ています。 ヒンドゥー教でも聖なる山(ヒマラヤ)に行き、ガンジス川で沐浴をします。それは、自然ともう一度一つになるための儀式のようなものなのです。 世界の人々にキリスト教はよく知られているのに、「八百万の神」に代表される日本独自の宗教観、自然観は、世界ではまだあまり知られていません。 神道が発する「自然は聖なるものである。畏敬の念を持って接するものである」というメッセージは、私たちが取り戻さなければならないエコロジーそのものですし、リジェネラティブな(再生型の)経済にも大きく資するのです。ぜひこのような素晴らしい価値観を発信してください。 加えて日本人は祖先への感謝の気持ちも持っています。私たちはあまりにも傲慢になってしまいました。今の私たちと比べ、先祖たちは劣っていると思う人も増えていますが、今私たちが享受しているアートも哲学もすべて受け継がれてきたものです。 仏教も老子も芭蕉も、すべて先祖からきているのに感謝が足りていません。日本にはホンダや三菱、ソニーだけではなく、もっと深い「哲学的な日本」があることを忘れないでください。