「発達障害は一生治らないし、治療方法はない」は本当?…発達障害について、誤った認識を持っていませんか?
学習障害と診断されたA君
A君が筆者の外来を受診したのは9歳、小学校4年生のときである。学校の勉強が遅れがちになったということでやってきた。80年代後半のことである。 A君は未熟児で生まれ、もともと言葉は少し遅かったが、特に健診でチェックを受けることはなかったという。幼児期からよく動き、よく転んだ。しかし集団行動の問題はなく、友達を作ることにも問題はなかった。地元の保育園から通常学級に進学した。 小学校に入ってすぐに、国語の苦手さが明らかとなった。特に文章の読解が苦手で、やさしいひらがなの文章を訥々と読むのが精一杯であった。小学校2年生まではお母さんがついて勉強を見ていた。小学校3年生になると、国語の苦手さが他の教科の足を引っ張るようになった。テストの成績も軒並み40点前後となり、また学習をさせようとするといやがって応じなくなったため、専門医療機関への受診となったものである。 初診時のA君は、にこにことした元気の良い、落ち着きのない子どもであった。心理検査を行ってみると、WISC(ウェクスラー児童用知能検査)という検査にて言語性知能指数62、動作性知能84、全体で78と、境界知能という結果となった。 解説を加えると、知能検査にはビネー系とウェクスラー系という2つの標準化された知能検査法があり、ビネーは知能検査によって示された精神年齢を算出し、それを暦年齢で割ることによって知能指数を計算する。それに対してウェクスラー系は、言語を用いた知能検査と言語を用いない知能検査(動作性とよぶ)に分かれ、それぞれはさらに、知能を支えるさまざまな能力、知識のレベル、視覚的認知の正確さ、常識の有無、記憶の正確さなどなどの項目に分けて計ることができる仕組みになっている。 一般的に、IQ85以上を正常知能とし、IQ69以下を知的な遅れありとする。この中間、数字であらわせIQ70からIQ84を、正常知能と知的な遅れの境界線という意味で、境界知能と呼ぶ。A君はこの領域に入るのである。 付言すると、この知能検査の値は絶対ではない。そのときのコンディションでプラスマイナス15ぐらいは変動してしまうのである。考えてみてほしい。かのイチローですら5打数無安打という日があるではないか。 しかし大多数の日において、イチローは2本以上の安打を打ち続けているので、かの高い打率になるのである。つまり知能検査の値は絶対ではないが、それなりに尊重される必要があるのである。 大学病院で見習いの心理士が実施した検査の知能指数が60、障害児センターのベテラン心理士が実施したら70、特殊学級の担任がやや強い指示を出しながら実施したら75という結果になった自閉症の子どもを知っているが、このようなことは非常に例外的で、それなりに経験を積んだ人間が測定をすればだいたい同じ値になる。 脱線が長くなったが、A君については、言語性知能検査の各項目を見ると、著しいばらつきがあり、単純な記憶は良好だが、類似課題など抽象度が少し高くなると非常に苦手という状況が心理検査の結果からは見て取れた。 一方、A君の学力はというと、国語力は文章の読解が小学校2年生程度、漢字は1年生レベルですでにつまずきがあり、算数は繰り上がりのある加算で誤りがあり、九九は不完全、割り算は部分的にしかできなかった。つまり小学校2年生レベルの課題からすでにつまずいていた。