「発達障害は一生治らないし、治療方法はない」は本当?…発達障害について、誤った認識を持っていませんか?
混乱の日々
中学生になると、授業からは完全に取り残されるようになった。学校自体が荒れている中で、A君は同級の友人に唆されて、しきりに授業妨害をするようになった。そのような中でA君が担任教師に暴力をふるうという事件が生じた。A君の言い分は、担任が自分たちを無視して生徒を差別しているということであった。 A君に対し私は、どのような事情にしろ暴力をふるうことは良くないと強く説得をしたが、A君は、私まで自分の味方をしてくれないのかと、むしろ傷ついた様子であった。 私はA君と家族に、もう一度、特殊学級への転級を勧めた。ご両親は現在の状態でA君がまったく授業についていけないことは理解しており、それがA君にとって良いことならと受け止めていたが、A君は「俺を馬鹿と一緒にするのか」と激怒し、特殊学級に転級するくらいなら死ぬとまで言った。この事件の後、暴力的に暴れることはなくなったが、時折、遅刻を繰り返すようになり、やがて不登校状態になった。 A君はそのまま中学卒業となり、当時開校した、高校卒業資格を取ることができる専門学校に通うようになった。この学校は高校に進学できない生徒を集めており、カリキュラムもそれなりに工夫されていて、1年生の最初、A君は笑顔で登校をした。しかし6月ごろから、学校に行く前にA君は髪型を著しく気にするようになり、鏡の前で30分も40分も整髪料と櫛とを持って髪を整えるようになった。この間も筆者の外来への散発的な相談は続いていたが、A君自身がすでに通院を嫌うようになったため、両親のみの相談であった。A君は一学期の後半には学校に通えなくなり、そのまま退学をしてしまった。 その後、アルバイトを何度か試みたが、いちばん続いたもので1ヵ月弱であり、ささいなトラブルからバイトに行かなくなることを繰り返した。それをご両親にとがめられると、A君は家の中で大暴れをするようになり、そのまま蟄居生活になってしまった。 私は何度か往診をしてA君に会うことができたが、その会話の中でA君が周りの人の働きかけをすでに被害的に受け取っていたことが判明した。今後、入院治療が必要になるかもしれないと考え、私は友人の精神科医に紹介状を書き、ご両親はその精神科の病院に相談に通うようになった。この時点で私が職場を変わり、外来の枠が小さくなって、問題が生じても直ちに対応ができなくなったこともあった。 その後である。20歳を何年か過ぎてA君は近くのクリニックのデイケアに通うようになった。外へ出るときには髪型を整えないと出られない状態は続いており、サングラスが離せない。少しのことで被害的に受け取ることも続いているが、クリニックで出された安定剤を服用し、家庭の中で暴れることはすでになくなっている。 A君は、私にとっては明らかな治療の失敗例であり、私自身の責任も十分以上にあり、こうしてまとめてみてあらためて慚愧に堪えない。A君に申し訳なく思う。しかしA君は少しずつ昔の笑顔を取り戻しつつある。A君は優しいご両親に愛されてそだった青年である。つまり、人としての根っこの部分はきちんとできている。どんな紆余曲折があろうとも、A君が社会に出ていくことが可能になる日が必ず来ると私は確信している。 * さらに【つづき】〈発達障害が治る子と治らない子、その違いはどこに…? 発達障害にまつわる「嘘と本当」〉では、自閉症と診断されたB君の例についてくわしくみていきます。 ※本書で取り上げられている事例は、公表に関してはご家族とご本人に許可を得ていますが、匿名性を守るため、大幅な変更を加えています。
杉山 登志郎