【新証言】FBIが隠し続けてきた謎のスパイ「シンカワ」とは何者か?真珠湾攻撃で暗躍した男の正体
予想されていたことだが、日本の駐在武官はアメリカ社会の上層部で活動することはできない。そして当然のことながら、スパイとして徴用されていた下層階級のアメリカ人も、同様に身動きがとれなかった。 ● 実際のラトランドは スパイとしては無能だった? たとえば、これは少し後のことだが、ある日本の武官がアメリカ海軍の情報を探るべく、ハリー・トンプソンという酔っぱらいの元水兵を採用した。トンプソンは船に乗り込んだり、ウォーターフロントのバーで水兵たちに酒をおごったりして情報を入手しようとしたが、1936年に発覚し、逮捕されて懲役刑を言い渡されてしまった。 嶋田たちからすれば、トンプソンが大した情報を得るとは思っていなかった。高いレベルで社交術を操るラトランドのほうが貴重な情報を入手でき、それは懲罰解雇された元水兵が、行きつけのバーで下士官兵から入手できる情報よりも、ずっと優れているのは明らかだった。 最終的に嶋田は、高須が提案するエージェント・シンカワの活動範囲に同意した。高須はラトランドに対し、真珠湾基地を含む西海岸の米海軍基地を監視するよう要請した。 ラトランドは、交渉して希望通りの給与を獲得できた。2年後、嶋田は日記の中で、ラトランドは帝国海軍で最も高給取りのエージェントであるだけでなく、その給与は、最も高給な日本の提督の約10倍に相当する、と書いた。その額はなんと4年間で合計30万円(1937年6月までの契約)。当時の日本の海軍大将の1ヵ月の俸給550円〔年間で6600円〕とは、雲泥の差であった。 高須は、ラトランドならアメリカの提督や、他のVIPに電話して、日本海軍が必要とする重要情報を得ることもできそうだと考えた。しかし、実際のラトランドはかなり頼りなく、地下ネットワークを張り巡らせるための計画力、集中力、組織スキルなど、必要な要素は何も持ち合わせていなかった。岡は高須に電報を打って警告した。 「戦時において、日本が米国の唯一の情報源をシンカワに依存するという考え方は、まったく得策ではありません」
ロナルド・ドラブキン/辻元よしふみ