能登「集団移転」の悩ましさ 道路が寸断され、豪雨に襲われても同じ地区に住む理由 #災害に備える #知り続ける能登
「漠然と『移転したい』と言っていても、市は相手にしてくれません。そこで、きちんと交渉すべく、市の関係者に相談しました。そうしたら『ぜひ陳情書を出してほしい』と。それは市側にも理由があったんです。輪島市には浦上地区のような中山間地域に住む人がけっこういますが、市としては費用対効果を考えると、できるだけ住民は集約して住んでほしい。そういう地域は道路整備や除雪などのコストがかかるからです。かといって、個人の自由が保証されているので、市が住民にどこに住むかの強制はできない。だから陳情書という形で地域住民の意思がまとまると、市も対応しやすいのだと思います」 公営住宅への入居希望は、年齢と住宅の建設費用の関係でやむをえない事情がある。浦上地区の住民は約7割が高齢者だが、自宅再建には3千万円以上の費用がかかる。先行きのことを考えると、自宅再建を考える人はほぼいなかった。5月に喜田さんが浦上地区の仮設住宅に入った62世帯にアンケートをとったところ、約8割が公営住宅への入居を希望していた。 では、希望した人を全員入居できる公営住宅を建設すればよいのか。そう単純な話ではないところに集団移転の悩ましさがある。それぞれの人に、『子供の家に引っ越す』『自宅を再建する』といった選択肢がある人も少なくない。正確に必要な人の分だけつくらなければ、空室だらけになってしまう可能性があるのだ。 公営住宅への入居を目指した集団移転の悩ましい問題はそれですと喜田さんが言う。
「市が心配しているのは、公営住宅をつくっても住む人がいなくなってしまうことです。だから、その人の事情や意向を丁寧に確認しながら調査し、入居の条件をどうするかを決めていく。これが一番頭を悩ませます。つまり、公営住宅が完成した際、入って暮らしていく気が本当にあるのか。それをまず見極めないといけないわけです」 2011年に起きた東日本大震災後の復興住宅でも同様の問題は各地で起きていた。住民のニーズに沿って復興住宅をつくったものの、住みだしてみたら不便だとわかったなどの理由で引っ越してしまい、空室が増えた。つまり、集団移転が進むかどうかは、その先に住民が住み続ける意思があるかどうかということだ。 発災からまもなく1年が経つ現在でも、中屋集落のように自宅に戻ることができず、仮設住宅で生活している人は多い。金沢市など遠方に移ったものの、公営住宅ができるなら戻りたいと言っている人もいる。住民の意向を踏まえて、正確な入居戸数を確定させるのは簡単なことではない。 こうした状況をさらに難しくしたのが9月21日に発生した「令和6年9月能登半島豪雨」だ。線状降水帯の発生で記録的な集中豪雨となり、輪島では24時間の降水量が400ミリを超え、観測史上1位となった。浦上地区のある輪島市門前町でも229.5ミリもの集中豪雨に見舞われた。こちらも観測記録1位となる驚異的な雨量だった。喜田さんが振り返る。 「山崩れが起きて倒木が川を塞いだ。それで道路が冠水してしまった。地震ではそこまでの被害ではなかったのに、豪雨による水害で家がダメになってしまった人もいる。あれでもう諦めて金沢に移り住んだ人もいます。公民館も浸水して泥だらけになった。被災後、門前高校の生徒たち100人が片付けの手伝いに来てくれて、2日間かけてようやくきれいになりました」