生命現象を解き明かす鍵、大腸菌ゲノム研究の可能性に迫る
島田 友裕(明治大学 農学部 准教授) 古くは生物が増殖する仕組みを理解するためのモデル生物として扱われてきた大腸菌。どの生物よりも遺伝情報の知見が蓄積していることも手伝って、応用への可能性も広がっています。大腸菌を通して生命現象を理解することは、現代の地球が抱える課題の解決につながるかもしれません。
◇大腸菌は、生命の仕組みが分子レベルで最も理解されている生物 生物が自身のゲノムにある遺伝子を、どのように利用しているのか。その仕組みを解明するのが私の研究の柱であり、モデル生物として大腸菌を扱っています。 ゲノムとは、遺伝子をはじめ、生物が持つ全遺伝情報を指します。遺伝子の本体となるのがDNAです。DNAは、4種類の物質(塩基)が長く連なってできており、遺伝子の情報は、これら4種類の物資の並び方(塩基配列)によって決まります。その情報に従ってタンパク質がつくられ、そのタンパク質が細胞をつくったり、細胞の中で働いたりして生命活動を行っているのです。 研究にあたり大腸菌を活用する理由は多くあります。そもそも大腸菌は、100年以上も前から、生命の仕組みを分子レベルで理解するためのモデル生物にされてきました。 単細胞生物である大腸菌は、生物としては比較的簡単な仕組みで成り立っています。多細胞生物である人間で2万数千個と言われている遺伝子数が、約4700個とそこまで多くありません。人間であれば、目、鼻、耳など、それぞれの部位でさまざまな遺伝子が使われ、細胞ごとに機能が違いますが、大腸菌は1個の細胞のみで生きています。つまり1個の細胞を調べれば生命全体が見えるため、生物を理解する目的に適しているのです。 また、培養が簡単で安全。増殖が速く、遺伝子組み換えも容易と、研究材料として扱いやすい利点が備わっています。 大腸菌は、さまざまな現象に対して最も理解された生物です。1997年には、ゲノム配列の全容が明らかになり、研究もさらに多様化。大腸菌の代謝を改変することでポリマー(高分子化合物)をつくらせるなど、有用物質の生産にも利用されています。一方、腸内細菌としての研究や、腸管出血性大腸菌O157といった病原性大腸菌、大腸菌感染症の研究なども進んでいます。