生命現象を解き明かす鍵、大腸菌ゲノム研究の可能性に迫る
◇ある転写因子がどの遺伝子を調節しているのかを特定する手法を開発 ある転写因子が、ゲノム上のどこに結合するのかがわかれば、どの遺伝子を調節するために存在しているのかがわかります。私たちは、それを調べるGenomic SELEX(ゲノミック・セレックス)法を開発しました。特定の転写因子がどの遺伝子をいくつ調節しているのかを同定する手法です。精製した転写因子とゲノムのDNA断片を、試験管の中で混ぜ合わせ反応させると、その転写因子がいずれかの遺伝子に結合する場合があります。それを解析すれば、特定の転写因子がゲノムにあるどの遺伝子を制御しているか、その制御ネットワークを同定することができるのです。 大腸菌が持つ300の転写因子について、すべてGenomic SELEX法で調べようというプロジェクトが20年ほど前に始まり、現在、私が引き継いで先導しています。現段階で、150~200の転写因子に関しては、どの遺伝子を調節しているかという関係性が、ほぼ見て取れるようになりました。ただ、結合しているからといって、その遺伝子を制御しているとは断定できません。何かのストレスに耐性を持つとか、代謝に関わっているとか、実際の反応や現象を確認することで、初めて認められます。このような機能的な実証が済んだものは70個ほどで、現在も解析している最中です。 300種類の転写因子の機能が同定されれば、大腸菌という生物が何に応答し、環境変化ごとに、どの遺伝子を使っているかの仕組みがわかります。言い換えれば、生物の細胞が何に応答し、どの遺伝子を利用することで生存しているかの関係性がわかるわけです。 ここまででわかってきたことを少しでも応用展開できればと現在取り組んでいるのが、自然界で分解される生分解性のバイオプラスチックを大腸菌に生産させる研究です。プラスチックをつくる遺伝子を大腸菌の中に入れ、酵素をつくらせ、細胞の中で反応させてポリマーをつくるのですが、大腸菌は何を食べると、どういう代謝を使い、どういうものに変換するかが明らかになっているため、遺伝子を導入し代謝を再構築することが簡単なのです。このような有用物質をつくるため、ある企業とは、細胞にいかに効率よく酵素をつくらせるかといった研究にも取り組んでいます。 また、別の企業とは、自然環境中の微生物の生存率を制御するための共同研究も行っています。地球上のCO2のうち、人の社会活動によって排出されているのは5%程度と見積もられています。約60%が土壌中の微生物、残りの30数%は海洋中の微生物の呼吸によって排出されています。この研究では、植物にとって有利な微生物の活性を強化し、余計な微生物の活性を阻害することで、CO2の排出量を減らすことをめざしています。現在、300種類の転写因子に対して、そのうち1つを欠損させた大腸菌を土の中に入れ、何がなくなれば早く死んでしまい、何があれば長く生きるのかを調査しているところです。 そして、生物の細胞全体の仕組みを理解したい、生物が自ら持つ能力をいつどんなときに発揮しているのかを知りたいというのが、研究者としての私の最終目標です。大腸菌の仕組みの全体像が明らかになれば、生物の基本的な仕組みを理解することにもつながります。モデル生物の基礎研究は、直接的に社会に貢献することは多くないと思う方もいるでしょう。しかし、こういった研究を完遂し、生命現象を遺伝子レベルで理解できれば、非常に幅広い分野で活かせる本質的な応用も可能になると考えています。
島田 友裕(明治大学 農学部 准教授)