生命現象を解き明かす鍵、大腸菌ゲノム研究の可能性に迫る
◇どんな遺伝子を、いつ、どこで、どれぐらい使うかを制御しているのが転写因子 遺伝子利用の仕組みを解明するうえで、着目しているのが転写因子(転写制御因子)というタンパク質群です。どんな遺伝子が、いつ、どこで、どれぐらい使われるかは、その環境や状況によって変わります。その際、発現する遺伝子の選択を行っているのが転写因子です。 生物の遺伝情報は、DNAをもとにRNAが合成され、RNAの情報をもとにタンパク質をつくることで機能します。生物がある機能を発現しようとすると、その遺伝情報を持つDNAに対して、RNAポリメラーゼという酵素が結合し、それを鋳型にしてRNAを合成するという反応が起こります。このDNAからRNAを写し取る反応を転写といい、転写因子は環境変化に応答しながらDNAに結合し、RNAポリメラーゼと相互作用することで、転写の活性を制御しています。 現代は、それぞれの生物がどんな遺伝子の配列なのか、どんな遺伝情報を持っているのかがわかる時代です。それがわかると、その生物がどんな遺伝子を持っていて、どんなことができるのかを推測できるようになります。つまり、その生物の持っている能力がわかるということです。 しかし、その遺伝子を、いつ、どんなとき、どのぐらい利用しているのかは、わかりません。遺伝子といっても、1つの細胞につき1回使えば足りることもあれば、数百、数千と使わなければ足りないこともあります。環境の変化によって、この遺伝子をたくさん使おう、使うのをやめようといったことも起こるのです。わざわざ使わなくてもいい遺伝子を利用するのは、エネルギーを無駄に消費することになる。必要なときに必要なエネルギーを必要なものに利用するのが生命の賢いところです。 たとえば大腸菌なら、約4700個ある遺伝子のうち、細胞が増殖するときに使っているのは1000個程度。残りは環境が変化したときに対応したり、増えた細胞を維持させたりと、別の目的で使われます。動物の腸内で増え、便として外に出たときにはエサがあまりない状態になるため、増える能力より維持する能力を利用するわけです。また腸内に入り、エサのある環境に戻れたら、増える能力にエネルギーの使い先を切り替えます。 大腸菌であれば、遺伝子がおよそ4700個あるのに対し、転写因子は約300種類あります。微生物であれば一般的に、持っている遺伝子の6~8%程度の数になります。遺伝子が多くなればなるほど、調節する仕組みも複雑になり、転写因子の種類も増えていくのです。 転写因子は、一つひとつ機能が違い、それぞれに割り当てられた化合物や環境変化を感知し、対応できるようにパラメーターを変動させます。この300種類の転写因子の組み合わせによって、4700個ある遺伝子のうち、どれをどのぐらい使うかコントロールする。たとえば特定の栄養素が増えたときに発揮する機能だったり、温度低下などのストレスを受けたときに耐性を獲得する機能だったりと、変化に応じて必要な能力を選択的に利用するわけです。