災害大国日本が挑む「誰一人取り残さない社会」 ~情報弱者を支えるテクノロジー~(片岡祐子/岡山大学病院聴覚支援センター 准教授)
これまでにも聴覚障害者の生命を脅かす事態は何度も報告されている。古くは1950年に岡山県立岡山盲・聾学校寄宿舎で未明に起きた火災で、寄宿生約130人のうち死亡した16人すべてが聾学校児童だった。この悲劇は、岡山県で耳鼻咽喉科医として働く私を突き動かす原動力にもなっている。
また東日本大震災では、岩手・宮城・福島3県の死亡者が全人口中0.78%であった中で、障害者は健常者に比べ死亡率が高く、障害種別では聴覚障害者が最も高い1.96%と2倍以上であった。特に沿岸部の宮城県女川町では、聴覚障害者の死亡率が15.00%にのぼったことも報告されている。 つまり火災や洪水、津波等の体性感覚で危険を認識できない災害において、緊急事態の情報入手は聴覚障害者にとって安否に直結する必須の課題なのだ。
迅速な気付きを促進する「音を振動に変換するアプリ」開発
そんな課題を解決すべく、岡山大学病院聴覚支援センターでは日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受け、企業と提携したプロジェクトを進めている。今回は緊急時の「迅速な気付き」を促進するための、音を振動に変換するアプリ開発について紹介したい。
富士通や情報技術開発(東京都新宿区)と共同開発しているこのアプリは、救急車のサイレン音や防災無線などをスマートウォッチのマイクで感知し、振動と画面表示で知らせるものだ。サイレン等の音をデジタルデータとして収集し、数値データへと変換したものを機械学習させている。数値の中に隠れた特徴を自動的に抽出し繰り返し学習させることで、同じ特徴を持った音が鳴ると検知できるようになる仕組みだ。
簡単そうに感じるかもしれないが、日常にはさまざまな雑音があり、その中で重要な音だけを識別するのは一筋縄ではいかない。例えば当事者が遭遇する頻度が高く、ニーズも最も強い「車両の運転中に窓を閉め、エアコンをかけた車内で救急車両音を認識する」という課題は、実は至難の技である。それでも雑音とサイレン音等を区別させ、さまざまな種類・大きさの雑音を負荷しながら重要な音を検知させる学習を繰り返し、さらには街中での検証も経て、当事者へのアプリ配布を実施できる段階へと到達した。