生活に寄り添うつげ櫛を作り続けて 江戸職人の考えるつげ櫛の魅力
職人として、商売人として。つげ櫛を通してお客様を想う
ーつげ櫛作りのおもしろさはどんなところにあるのでしょうか? 終わりのないところでしょうか? 先ほど、つげ櫛は一生物とお話をしました。一度出来上がったつげ櫛が私のもとへ帰って来て調整し、またお客様のもとへ行くこともあるわけです。 またつげは天然の素材であり、コンディションは季節や天候によって大きく違います。そのため作るという点においても、同じということはなく、毎回調整が必要です。 私は職人ですが、同時に商売人でもある。だからこそ、毎回一定の質をしっかりと保たなければいけません。この調整には長年の経験と勘が必要であり、終わりがないと思っています。 一方で職人として「梳かしやすい櫛を作る」というこだわりも持っています。約60の工程のいくつかは、正直飛ばしてしまっても見た目ではお客様は気づかれないはずです。しかし使ってみれば違いがはっきりとわかります。 その考えから、いつもすべての工程をこなしています。自己満足の世界といってもいいかもしれません。 職人として、そして商売人として、つげ櫛を通して終わりなくお客様を想う。 それが、つげ櫛作りのおもしろさなのかもしれません。
終わりまでお客様と向き合う
ーこれからについて考えていることを教えてください。 こういう言い方をすると傲慢かもしれませんが、うちがつげ櫛作りをやめれば、このクオリティのつげ櫛は無くなってしまうでしょう。 うちが手作りにこだわる理由は、真心がこもっているからという理由だけではありません。機械でいいものがたくさん作れるならそっちのほうがいいでしょう。でも実際のところ機械では、今私が作っているほどの精度で加工することはできないのです。 質を優先しているからこそ、手作業にこだわっているのです。 この十三や櫛店のつげ櫛に関するノウハウについて、私は一切隠していません。「誰か吸収できるのであれば吸収してほしい」そう思って、この姿勢をとっています。 たとえば同業他社の方が修行に来られたら、約60の工程を一つひとつお伝えするつもりです。ですが工程を知ったら、修行に来られた方はおそらく「やっていられない」と出ていかれてしまうでしょう。そのくらい、工程は細かいのです。 このことから身内が継がない限りはこのつげ櫛作りは続いていかないと思います。 今長男が仕上げを手伝ってくれていますが、私の父がそうしたように、私もまた彼には自分のやりたい道を選んでほしいと考えています。 外から若い人を募集するとしても、労働環境的に難しいでしょう。 またつげ自体も育てる農家さんが減っており、価格が高騰しています。滑らかな肌触りを実現するために重要な削る工程を担うのは天然のトクサを使った用具なのですが、これもまた育てる農家さんは1箇所しかいらっしゃらない……。 さまざまな理由から十三や櫛店は私の代で最後となるのではないかと思っています。 私の年齢は今57歳。身体的、経験的におそらく今がピークです。ここからは目も悪くなっていくでしょうし、手先も細かな調整が利かなくなってくると思います。 そうなったら仕方がない。でもその代わり、それまではしっかりとお客様のために頑張ろう。 それが今の私の考える、これからですね。