18年間の空白、アートシーンから離れても作り続けていたもの。加藤美佳が18年ぶりの個展(小山登美夫ギャラリー)で見せる新境地
椅子取りゲームのようだった日々と、小さなウサギの帰還
本展でまず驚くのは、従来の“加藤美佳の作品”と異なる趣の作品たちだ。日用品を使ったオブジェ、飼い犬の毛で覆った土台に、地元の砂浜で収集した有孔虫やウニの化石、骨や殻などを散りばめた木を着彩したオブジェとそれらを収めた写真作品、そして川のような曲線を描く机と、その周辺に置かれた100点以上の石のオブジェたち。どの作品を見ても、日常に向ける慈愛の眼差しに満ちていると言っても言い過ぎではないだろう。 インタビューの前に、まずはプロフィールを紹介したい。 加藤美佳は1975年、三重県生まれ。99年愛知県立芸術大学美術学部美術科油画専攻卒業後、2001年同大学院修士課程修了。同年、五島記念文化賞美術新人賞を受賞。カルティエ財団現代美術センター(パリ)、広島市現代美術館、パームビーチICA(フロリダ)、森美術館(東京)などで展示をし、2005年にはロンドンのホワイトキューブでも個展を行った。自身で作った粘土人形を写真で撮影し、それをもとに油彩で描かれた大きな瞳の少女像は、2000年代からアートに親しんでいる人であれば誰でも一度は見たことがあるだろう。2006年、小山登美夫ギャラリーでの個展では愛猫の死をきっかけに新たな表現への転換を見せ、その後制作活動を一旦中断した。 作家は、当時のことを「椅子取りゲーム」のような気分だったと振り返る。 「当時は当時で、嬉しい気持ちで大きな絵画作品を作ってたのを覚えています。ただ、アートってなんだろう?と日々考えて、アーティストとして活動するうえで空いてる椅子を見つけた瞬間に『ここは私の椅子!』と言ってすかさず座るような、周囲を意識しながら椅子取りゲームをやっている緊張感のある日々でした」 そうした価値観とは違う感覚を得たのは、子育てをする生活でのこと。 「子育ての最中、子供のある動作を見て爆笑してしまうみたいなバーンって(気持ちに)くるようなことを制作でも探していかなきゃと思ったときに、いままでのやり方はもう捨てたほうがいいのかもしれないと思ったんです。子供の手を見てると私はもともと小さなものが好きだったことを思い出して。子供がぽろっと落とした葡萄に光が差し込んでいたのがすごくきれいで、“こういうものはこのままの感じで切り取って持っておけたらすごい嬉しいなぁ”みたいな実感が何度もありました。身近にあるものを工作のように触ったり散歩したり、日々のなかで素材を見つけて、全部がたまたまでここまでつながってきた感じです」 身近な事象に自然に目を向けるようになった作家は、しだいに川で見つけた石にジェッソを塗り重ねて磨き、その上にモチーフを描くような、日々の「小さな作業」に取り組むようになった。そんな絶え間ない生活のなかで思い出されたのは、小学生のときのある出来事だ。 「小学生の頃に数回お絵かき教室に通って、そのときに描いた絵が賞をいただいたことがあったんです。木に立派な雄鶏が止まって、尾羽がショワーっと存在感を放っているような作品でした。でもじつはそれは私が描いたんじゃなくて、先生が上から描き直したんです。本来の私の絵はウサギだらけだったんですけど、先生が“小さくて見えないし、絵っていうのは遠くから見てもかっこいいのがいい”って」 幼少期の加藤に投げかけられたその言葉は、その後の作家人生にも「正解のやり方」として付き纏った。大人になりそんな出来事を忘れていたが、誰にも見せるわけでもない作業に取り組むなか、小さなウサギを描いたことをきっかけに「(自分のなかに)小さなウサギが帰ってきた!」と思い出したという。 「掘り下げていけば私の忘れているところにいっぱいの“好き”があるんだろうな、と。この18年間、誰にも見せずに自分の“好き”を探していた気がします」