ベストセラー書籍『ユニクロ』が紐解く、地方商店街の紳士服店だったユニクロが強烈に成長し続ける理由
■ 「ユニクロっぽさ」の原点 ──ユニクロが掲げる「ノンエイジ・ユニセックス」というブランドの概念について教えてください。 杉本:服には本来シンボリックな意味があります。王様は着飾っているし、銀行員には銀行員らしい恰好がある。人は状況に合った服を着る。 そうした前提がある中で、ユニクロはもう一度、自分たちの服の定義を問い「ノンエイジ・ユニセックス」というブランド・コンセプトに行きつきます。つまり、老若男女の誰もが着られる服です。 「日本初の誰もが着ることができる服で勝負しよう」ということを、1990年代から自己規定するようになりました。以来、数年ごとに「ユニクロとは何か」と自己定義しながら、ワインを熟成させるようにデザインの方向性を少しずつ変化させていきます。 だから、誰でも着られるベーシックな服というだけではなくて、「よく見るとどこかユニクロっぽい」というあの独特の感じがあるのです。 ──同じタイプの服が、あらゆるカラーバリエーションで積み上がっているお店の感じも独特ですよね。 杉本:あの戦略は、最初に外国に店舗を出した時に、外国人スタッフが理解できなかったようです。そもそも棚の上のほうなんて手が届かない。そして、お客さんが商品を手に取って服が乱れたら、1つずつまた畳み直してその都度整えなければならない。「なぜそんな無駄なことをさせるのか」という受け止め方をされたそうです。 しかし、服をマネキンに着せたり、ハンガーに吊るしたりという商品陳列の方法を前面に押し出すとユニクロという概念が伝わらない。服を売る前にユニクロそのものを売らなければならない。これが、海外で失敗を重ねた経験から得た気づきでした。 世界に出ていく時に「ユニクロってこういう店だ」ということを世界にアピールしなければならない。ただ、売るだけではお客さんは分かってくれない。ユニクロで買う理由を、自分たちで訴えていかなければならないのです。 そのためには、「これがユニクロだ」ということが売り場を見たら一目で分かるようにしなければならない。実は、このように店のコンセプトを分かりやすく演出する必要性を柳井さんに気づかせたのは、ファストファッションブランドのZARAでした。 1998年の夏に、柳井さんがスペインに旅行に行った時に、道行く人々がZARAの買い物袋を手にしていた。そして「ZARAとはこんな店だ」と一発で分かる大きな旗艦店がバルセロナの中心街にあった。それを見て、「ユニクロここにあり」「これがユニクロだ」と見せる大きな店を出さないと、海外では勝負できないと感じたそうです。 とはいえ、実際に海外でユニクロが旗艦店戦略を始めるのは2006年のことです。スペインでZARAを見てから8年も経っている。その間、ロンドンや上海に進出して失敗しているし、アメリカでも3つ小さな店を出してことごとく失敗してすぐに閉店しています。海外では失敗続きだったのです。しかし、柳井さんは諦めませんでした。 ──柳井さんは失敗することを怖れませんね。