福祉施設に増えるヤギ なぜ? 「なごみ」と「面倒くささ」で予想外の効果 #老いる社会
接点づくりの「ヤギ効果」は、徐々に表れた。まず開所から1年ほどして、施設外から野菜の餌をあげにくる老夫婦が現れた。ヤギ小屋の横に車で乗り付けると、夫婦は分担して餌やりを始める。体格差のある2頭が餌を取り合わないようにする工夫だ。「おふたりの餌のあげ方がプロ化している」と福井さんは舌を巻く。 ここ数年は、別の地域住人が2頭の誕生日にプレゼントを届けてくれるようになった。中身は香りのいい干し草が入った大きな袋。「だいふくとごまぞうへ」というメッセージも添えられている。 日々の餌はアンダンチで購入している。それでもこうした周囲との関係が増えるのがうれしいと福井さんは言う。 「だいふくとごまぞうがいてくれるから、みんな気軽に足を運び、おまけにプレゼントまでくれる。家族みたいに誕生日を気にしてくれるって、すごいですよね」 なぜ、外部の人を呼び込む必要があると考えたのか。
福井さんは大学卒業後、商社に勤めていた。開業医の義父から高齢者の住まいづくりの相談を受け、「いつか起業を」と考えていた福井さんは、手始めに介護事業に乗り出した。2015年、仙台市で地域に密着した「小規模多機能ホーム」という形で介護施設を運営し始めた。すると、あることに気づいた。福祉施設では人間関係が閉じてしまいがちになることだった。 「外から人が入ってこないと、刺激がない単調な日常になってしまうんです。であれば、外の人にも足を運んでもらえるアイドル的存在が施設に必要だと思ったんですよ」
予想以上のヤギ効果 「まち」との距離を縮める
福井さんがアンダンチを構想した時、「人寄せ」のヒントをもらおうと石川県の福祉施設を訪ねた。そこでは「アルパカ」を飼っていた。羊のように毛がふかふかで愛嬌がある風貌の南米の動物だ。ただ調べると、アルパカは体長が大きく、コストもかかることがわかった。他の選択肢を探すうち、ヤギに行き当たった。 福井さんは、宮城県の複数の大学がヤギを飼っていると耳にした。東北工業大学を訪ね、ヤギの譲渡について相談すると、逆に大学側から歓迎された。ヤギは3頭以上になると自治体への届け出が必要になるという。渡りに船と、2頭のヤギの譲渡が決まった。 「ヤギ効果」は予想以上だった。まずヤギの譲渡は「贈呈式」として大学との合同イベントになった。地元テレビ局もヤギの話題をたびたび取り上げるようになった。ヤギ小屋は設計の専門家とペンキ塗りを手伝う東北工大の学生との合作によりでき上がった。 ヤギを通じて東北工大とつながったことで、思わぬ展開もあった。 「施設の敷地内で地場のハンドメイド品を売るマルシェ(出店)を開くと、東北工大の大学生のフレッシュなパワーで盛り上げてもらえるようになりました」